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ここでは、自身の研鑽も兼ねて、裁判所のトレンドを把握するため、遺言の有効・無効に関する近時の裁判例の判断要旨をまとめております(固有名詞については●のように表記する場合があります。その他、詳細は原典をご参照ください。)。
1 争点(1)(本件自筆遺言の無効-本件自筆遺言が亡Aの自筆か否か、亡Aが押印したか否か。)について
(1)本件自筆遺言の亡A名の署名と、亡Aの自筆であると認められる対象資料の亡Aの署名(甲1、2の1~3、甲10)とを比較すると、亡Aの自筆である署名は、いずれも「□」の字のつくり部分を一筆書で(行書で)記載されているのに対し、本件自筆遺言の署名は3筆以上に分かれている。また、亡Aの「◇」の字の「△」の部分について、自筆の署名はいずれも1画目が、右から左斜め下に伸びているのに対し、本件自筆遺言の同部分は、左から右斜め下に伸びている。本件自筆遺言の作成にあたり、亡Aが遺言であることを理由に通常よりも丁寧に楷書で書いた可能性は否定できないが、対象資料の一部(甲1,9)である公正証書遺言への署名も上記のような特徴を有する(行書である)ことを考えると、本件自筆遺言の作成に際して通常と異なる筆跡で署名したとは考えにくい。また、本件自筆遺言の他の文字について、対象資料(甲2の4~17)と比較すると、亡Aは、行書で文字を書く傾向があるのに対し、本件自筆遺言は、行書と楷書が入り混じっていること、Eの「○」の「××へん」の1画目について、対象資料ではほぼ水平に書かれているのに対し、本件自筆遺言では左下がりに書かれていること、むしろ、「××へん」のこのような特徴を含め、「E」の文字は、Eの署名の文字(甲5の1・2、甲7の3)に特徴がよく似ていることが認められる。
(2)また、本件自筆遺言の押印に使用された印が亡Aの所有によるものでないことは争いがない。
(3)本件自筆遺言の作成に関し、証人Fは、平成22年6月19日、FとEの自宅に、亡Aが電話をかけてきた上で、一人で来訪したこと、亡Aは、平成22年遺言公正証書の内容が不本意であり、改めて遺言を作成したいと述べたこと、亡Aは、筆記用具や印を用意していなかったので、Eが用意したこと、亡Aは、Eに全ての遺産を相続させたいと述べていたが、EがCと半分にしたいと述べたので、そのような遺言になったことを供述する。
しかし、亡Aは、平成22年4月10日にGに入所しており(争いがない。)、G(●所在)からE及びFの自宅(●所在)へは、Gから歩いてバス停まで移動し、バスに乗って▲▲駅まで出て、●線で▲▲駅から◆◆駅まで行き、さらに徒歩で476m歩かなければならないことが認められる(甲17)。一方、亡Aの平成22年2月2日から4月8日までの様子からすると、家の近所のコンビニエンスストアへは買い物に行けた(同年2月9日の記載)ものの、硬貨をいっぱい持ちながら、「お金がないのでHに買い物に行けない」などと述べたり(同月23日の記載)、デイサービスに行く日を勘違いしていたり(同年3月2日の記載)、あちこちに移動してみるが何をするつもりだったのか忘れてしまうこと(同月11日の記載)や賞味期限切れの食品を多数残していること(同日、同月16日、19日及び23日の記載)、3月26日の時点で、Gに入所することを理解していないなど、認知症の症状が表れているものと認められ(甲13、16、原告X2本人)、そのような亡Aが、一人でGからE及びFの自宅まで行くことができたとは考え難い。Gも、当時、入所者が一人で外出することはできないとしており(甲15の1・2)、Gが特別養護老人ホームであるという性質からしても、上記のように一人で外出させないとの運用についての説明は、信用できるものといえる。
さらに、亡Aは、平成22年4月8日に平成22年公正証書を作成しているが、その作成にあたって、公証人から自己の意思と異なる遺言を作成するようにされたということ自体も考え難いことといえ、亡Aが、わずか2か月で平成22年公正証書遺言を改める必要が生じたということも考え難い。
これらの事情に鑑みると、上記Fの供述は信用することができない。
(4)以上の事情からすれば、本件自筆遺言が亡Aの自筆によって作成されたものであると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、本件自筆遺言は無効である。
(1)争点①について
ア 医学的知見からの検討
前記認定事実によれば、① 被相続人は、平成27年9月頃には、介護保険上の要介護2の認定を受け、その後の各認定でも継続されており、更に② 平成28年9月13日(当時94歳)頃に認知症・廃用症候群の発症との診断を受け、認知症高齢者向けの施設への入退所を繰り返し、被相続人自宅での生活でも居宅介護支援を受けていたものの、短期記憶の障害等を含めて認知症の程度は悪化傾向にあり、改善はみられなかったこと、③ 遺言書Bが作成された平成30年3月10日(当時95歳)の約1か月後に作成された主治医意見書及び介護認定に係る調査の結果、認知症高齢者の日常生活自立度もⅢaと判定され、前回の介護認定(平成29年8月頃)よりも更に悪化しており、意思の伝達及び短期記憶も相当に悪化するのみならず、物忘れの程度も著しいなど、客観的にみて、被相続人の判断能力には相当程度の減衰があったものと認められる。
イ 遺言書Bの内容、動機の有無
そして、① 遺言書Bの内容をみても、筆勢はなく、「以前」の「以」の文字が平仮名になるなど、前記認定した被相続人の経歴、遺言書Aにおける細やかな記載内容に照らして明らかに相違が生じている上、遺言書Bには「い前の遺言書」を破棄する旨の記載があるが、遺言書Aと具体的に特定しているものではなく(なお、被告自身、被告本人尋問において、平成30年3月10日に被相続人に面会した際、被相続人から遺言書Aの内容を聞かされたものではないことを自認している。)、被相続人も、遺言書Bの作成時点において、破棄の対象となるべき遺言書Aの存在及び内容を認識していないことがうかがわれる(ところで、被告は、被告本人尋問において、被相続人が遺言書Bに押印していなかったことを後に気付いたため、後日、被相続人に指印をしてもらった旨供述するが、この事実経過は、従前の主張とは異なる上、仮にこれを前提としても、被相続人において遺言書への押印の必要性すら認識していなかったことをうかがわせることになる。)。
また、② 被相続人が本件遺言をする動機の有無について検討しても、そもそも前記認定のとおり、相続税対策のため、原告が被相続人自宅を取得すること自体は、(遺言書Aの作成に先立つ)平成26年3月の家族全員での集まりの際に定められており、遺言書Aにおいてもその旨明記されていること(被相続人自宅の売却を禁ずる旨の記載もある。)、そして、③ 原告が被相続人自宅に同居するなどして被相続人の介護一般を担うなどしており(特に甲4、甲17、甲18、原告本人)、原告と被相続人の関係は良好であったことがうかがわれる一方で、被相続人において、被告に自宅不動産を取得させた場合にはこれを売却してしまうとの懸念を抱いていたことからすれば、平成30年3月の時点において、被相続人があえて遺言書Aを破棄し、被相続人自宅の帰属を定めた遺言内容を変更すべき動機は見当たらないというべきである。
ウ ところで、遺言書Bの作成後、本件移管及び本件生前贈与がされたことが認められるところ、① 前記認定のとおり、被相続人には既に判断能力が相当程度減衰していたことに加え、② 被告が被相続人自宅に同居を開始して以降、原告が本件送金をしたことなどからもうかがわれるとおり、原告が被相続人との良好な関係の下で財産管理を担っていたこと(甲18、原告本人)に照らすと、上記各手続についても、従前の被相続人の意向のほか、被告及びEの意向、意見等を踏まえつつ、原告の判断により実施されたものと認められるから、上記各手続の存在をもって被相続人の本件遺言時における遺言能力の存在を裏付けるものとはいえない。
エ 被告の主張(1)について
(ア)被告は、被告の主張(1)のとおり主張するが、① そもそも同主張を裏付ける客観的な証拠はなく(そもそも、被告からは、陳述書〔乙4〕を除き、被相続人の健康状態等を示す証拠の提出はない。)、特に被相続人の健康状況等については介護認定審査会による慎重な調査がされた形跡もうかがわれ(なお、同審査会も主治医意見書における意見をそのまま採用しているものではないことにつき、前記前提事実(4)ア(ア))、被相続人が入所した各施設、居宅介護支援における各記録等(甲5~甲7、甲17)に照らしても、同審査会の調査結果を否定すべき事情は一切見当たらない。
(イ)また、② 本件移管及び本件生前贈与についても、被相続人名義の財産である以上、本来、証券会社において、被相続人の意思確認等が了されることが見込まれるものの、各証券会社に対する調査嘱託の結果を踏まえてもその詳細は明らかではなく、本件移管等がされたことから被相続人の判断能力があったとはいえない。
このことは、被告自身、平成30年9月、被相続人がEを覚えていない、被告を原告と間違えたことを憂うメールを原告に送信したこと(甲12、甲13)、また、令和元年9月の介護認定においても被相続人の認知能力等に改善がみられないこと(前記前提事実(4)、甲4)からも裏付けられる。
オ 小括
以上によれば、被相続人において、本件遺言時において遺言能力を有していたものとは認められないから、遺言書Bに係る本件遺言は無効である。
2 本件遺言作成当時亡Aに遺言能力があったか否か等について
(1)遺言能力は、遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識するに足りる能力をいうものと解され、その有無は、遺言者の精神状態に関する医学的見地からの診断や症状所見等を踏まえつつ、遺言内容の難易や合理性、遺言の作成経緯等の諸般の事情を勘案して判断するのが相当である。
(2)ア まず、認定事実のとおり、亡Aは少なくとも本件遺言作成の3年ほど前から認知症を発症していたところ、①その後に受けたHDS-RやMMSEの結果は、一般的に中等度の認知症であることを示す水準で推移していたこと、②本件遺言作成の約1か月前の診療録には、亡Aには遅延再生に問題があり、近似記憶障害がある旨の記載があったこと、③本件遺言作成当日も、亡Aは、被告から示された書面をある程度時間をかけて読んでもその内容を理解することはできておらず、その後、その書面の存在自体すら記憶していないような応答をしたり、被告から財産管理をどうするのか質問された際にはその意味を十分に理解していない様子であるなどの状況であったこと、④本件遺言作成と前後した時期に、原告及び被告双方が亡Aについて成年後見開始の申立てを行うことを検討し、その際に依頼を受けた別々の医師が、いずれも、亡Aは後見相当である旨の診断書を作成しており、それらの診断書には、亡Aには他人との意思疎通や記憶力に問題がある旨の記載がなされていたことなどからすると、本件遺言作成当時の亡Aの認知症の程度は相当に重いものであったと認められる。
イ また、上記③の本件遺言作成当日の亡Aの状況に加え、認定事実記載のとおり、亡Aは、本件遺言作成当日(被告の供述によれば本件遺言の作成後)、被告に対し、原告と被告の取り分は半分であると述べており、本件マンションを被告に単独で相続させるなど被告を一方的に利する内容の本件遺言とは矛盾する内容の発言をしていたこと(なお、もともと、亡Aは、以前、被告から本件マンションの持分の譲渡を求められた際に、これを拒否していた経緯もある。上記1(1)ア)、また、同日に作成された委任状については、亡Aは被告に促されるままに作成している状況であったことなどからすると、本件遺言が亡Aの意思に基づくものであったとは考え難いといわざるを得ない。
ウ 以上を併せ考慮すれば、亡Aが遺言の意味及び内容を弁識することができる状態で本件遺言を作成したとは認められない。
(3)ア これに対し、被告は、亡Aが本件遺言作成前に株式の売却手続等の様々な手続を行っていたことからすれば、亡Aは本件遺言作成当時、遺言能力があった旨主張する。
しかし、当時亡Aの財産管理は亡Bや原告が行っていたのであり、原告も、被告が指摘する各手続は亡Bや原告が関係先に電話したり亡Aに書面への記載方法を口授して書面を作成したりして行った旨供述しているのであって、被告が指摘する様々な手続は、必ずしも亡Aがその内容を理解して自ら行ったものであったとは認められず、これらの手続を行った当時亡Aに意思能力があったことを推認させる事情であるとは認められない。
この点、被告は、保険会社から亡A本人に対して電話連絡で意思確認がなされた点を指摘するが、証拠(乙14の2ないし5)上確認できるのは、電話で確認が行われたのは「本人(実在)確認」や「受取人(原告)の氏名の漢字の確認」等にとどまっており、これらの確認が亡Aに対して行われたのかも不明であって、上記証拠から直ちに亡Aの意思能力の存在が保険会社によって確認されていたとは認められない。
また、被告は、原告は亡Aを利用して保険会社に対する保険金詐欺の犯罪を働いたのであり、このような背信行為をした原告が自身の相続分を多くするために本件遺言の無効を主張することは信義則に反し許されない旨も主張するが、原告が亡Aに書面の作成方法を口授して手続を進めたことが直ちに犯罪行為に当たるとはいえないし、そもそもそのような事情が本件遺言の無効の主張の信義則違反を基礎付けるともいえないから、被告の上記主張は採用できない。
イ また、被告は、亡Aは、Jの記録や診療録(乙16の1ないし8、17の1・2)によれば、本件遺言作成の前後の時期において、Jの職員や医療関係者との間で、問題なくコミュニケーションを図ることができていた旨も主張する。
しかし、上記診療録等を見ても、亡AがJの職員と日常的に問題なくコミュニケーションを取ることができていたのかは必ずしも明らかではなく、かえって、上記1(3)イ記載のとおり、Jの職員から亡Aについて痛みの訴えが多くナースコールが頻回であるので精神科専門医の診察をお願いしたいとの申し出があったことなども踏まえると、亡Aが日常的に問題なくJの職員や医療関係者との間でコミュニケーションを取ることができていたとは認められない。
ウ さらに、被告は、亡Aは、本件遺言作成と同日に、「被告に財産管理の一切を委任する」旨の委任状(乙2)を作成することができており、また、本件遺言作成から2年以上経った後の令和元年5月に、被告宛てに手書きのはがきを出すことができていた(乙3の1)旨も主張する。
しかし、そもそも委任状については上記1(4)イのとおり被告の度重なる促しによって作成されたものであり、それ自体亡Aの意思に基づくものであったとは認め難いものであるし、本件遺言作成後に亡Aが作成した上記はがきも、その内容は非常に簡単なものにとどまっており、それによって直ちに亡Aに当時遺言能力があったとは認められないものである。
エ その他、被告は、本件遺言の文言は亡Aが自ら考えて書いた旨供述し、亡Aに遺言能力があった旨の供述をするが、当日の録音データからうかがわれる亡Aの状態に照らし、本件遺言の「相続させる」という言い回しなど、法的な理解を要する言い回しを当時の亡Aが自ら考えて書くことができたとはおよそ考え難く、被告の供述は容易に信用できない。
オ なお、上記1(5)イ記載のとおり、亡Aの認知症の症状に関して、L医師が本件遺言作成後の平成29年8月及び12月に作成した診療録には、亡Aの遅延再生は保たれている印象である旨や記憶障害は軽度である旨の記載があるものもあるが、いずれも、診察について亡Aの協力が得られないため周囲からの情報や診察時の会話の様子等から所見を得るほかない旨や、認知機能の検査について協力が長時間得られないために正式に評価ができない旨の記載があることからすれば、上記の記載は参考程度のものというべきであって、その点から直ちに亡Aの認知症の程度が軽度であったと認めることはできない。
(4)以上によれば、本件遺言が無効であることの確認を求める原告の請求には理由がある。
2 争点(1)(遺言能力の有無)について
(1)上記認定事実によれば、被相続人は、平成24年7月から同年8月にかけて主治医や被相続人の関係者への調査で要介護認定の認定調査を受けたところ、これらの調査において、「起きる時間や食事の時間等理解できていない」、「昼食のメニューを思い出すことができない」、「自宅内でもトイレ等へ行き、自室へ戻れなくなってしまうことが度々」あるなどと指摘されたことが認められ、これらは、被相続人の認知能力が低下していることを示すものということはできる。また、「自分の意思の伝達能力」が「具体的要求に限られる」とされているところ、これは、「時々は自分の意思を伝えることができるが、基本的な要求(飲食、睡眠、トイレ等)に限られる」状態のことをいうとされ(甲10・10枚目)、意思伝達能力の低下がみられることが示されている。
しかし、そもそも、被相続人は、脳梗塞の後遺症は見られたものの、本件遺言時に認知症の診断を受けているものではない。また、被相続人は、認知機能のうち、意思の伝達や今の季節の理解、場所の理解、徘徊については、「できる」との調査結果が出ている。さらに、医師が認定調査に提出した意見書においても、障害高齢者の日常生活の自立度(寝たきり度)」は「A1」の「介助により外出し、日中はほとんどベッドから離れて生活している」と評価されており(甲10・8頁)、「認知症高齢者の日常生活自立度」は、「Ⅱb」の「服薬管理ができない、電話の応対や訪問者等との対応等一人で留守番ができない等」に該当することとされているが、この評価より1段症状の重い「Ⅲ」の「日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ、介護を必要とする。」との評価はされておらず(甲10・9頁)、認知症の周辺症状やその他の精神・神経症状は「無」とされている。
(2)また、原告は、被相続人は、D株式を所有していることを前提に本件遺言をしているところ、被相続人は、本件遺言の前に所有していた当該株式を全て原告に売却しており、当然に解除等も認められないから、本件遺言当時、本件株式を所有していなかったところ、被相続人は、自らが体験した真実とは異なる事実を述べており、著しく不自然かつ不合理な内容であると主張する。
しかし、上記認定事実によれば、被相続人は、平成25年、原告に対するD株式の売買契約を争って訴えを提起しており、このことからすると、被相続人がD株式を所有していることを前提とする遺言をすることが著しく不自然かつ不合理ということはできない。
(3)その他、原告は、被相続人が、平成24年に作成した公正証書遺言を本件遺言により取り消したことが不自然かつ不合理である旨、本件遺言の証人は、遺言執行者として指定されている弁護士(被告Y3)と法律事務所職員であって、証人としての機能にも疑問がある旨等主張するが、いずれも採用の限りではない。
(4)そして、被相続人は、平成25年2月6日、亡Cの告別式において挨拶をしているところ、その挨拶は、約3分間という相応に長時間にわたり、妻であり専務であった亡Cへの感謝、関係者の亡Cへの関わりへのお礼、Eその他の関係会社の発展への決意等を何ら原稿等を見ることもなく整然と述べるものであって(乙12のうちファイル「VTS_01_4.mp4」11分40秒頃から14分45秒頃まで)、この挨拶の態様によると、被相続人が平成24年12月の本件遺言当時に遺言能力を欠いていたとは、およそ考えられない。
(5)以上によれば、被相続人は、本件遺言時において、やや認知能力が低下していたことがうかがわれるとしても、遺言能力が喪失したものまでは認められないというべきである。
3 争点(2)(遺言の方式の遵守の有無)について
原告は、被相続人が公証人に対して本件遺言の趣旨について発語して直接遺言をしたとは考えられないと主張する。
しかし、口授による公正証書遺言の作成に際しては、遺言者が口授した内容を一言一句公正証書に記載するのではなく、遺言の趣旨が口授されれば足りるから、被相続人が本件遺言書の記載をそのまま口授したことが遺言の方式として必要であるかのような原告の主張は、採用することができない。また、上記2(4)によれば、被相続人が本件遺言時に発語できたことは、被相続人の亡Cの告別式の際の挨拶の態様に照らすと、明らかである。他に、本件遺言書に方式が遵守されなかったと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張は理由がない。
2 争点1(本件遺言書は、Aが自署したものか、被告Y1が偽造したかものか。)について
(1)被告Y1は、本件遺言書につきAが自署したものであると主張するのに対し、原告は、これにつき被告Y1の偽造に係るものである旨主張する。そして、同遺言書のAの自署の筆跡について、原告はG鑑定人作成に係る筆跡鑑定書を、被告Y1はH鑑定書をそれぞれ提出するので、以下、それぞれの信用性について検討する。
まず、G鑑定書については、本件遺言書のAの自署(以下、この項においては「鑑定資料」という。)と書体(楷書体)を同じくする対照資料は、甲号証のみの中でも多数見受けられる(甲2ないし4、11ないし13などの、「A」ないし「A」という字)にもかかわらず、対照資料として、Aの感染症検査承諾書(甲5)に記載された同人の自署の1つを挙げ、両者を比較して別人の筆跡に係るものであると結論付けているもので、個人内変動等の可能性を過少に評価するものといわざるを得ないし、筆跡特徴の評価についても異なる特徴と評価できるか疑問な点も認められるもので、直ちに信用できない。
他方、H鑑定書については、甲号証及び乙号証の中から、Aが自署したと認められる筆跡を多数(15個)対照資料として採り上げるのみならず、本件遺言書中から鑑定資料以外にも「A」という字を採り上げて、詳細かつ慎重にその筆跡の特徴を検討しているものであって、基本的に信用できる内容である。
これに対し、G鑑定人は、意見書(甲47)において、H鑑定書に関して、文字の特徴取捨や判断に偏りがあるなどとしてその信用性に疑問を呈するとともに、対照資料については、自署が求められる資料であること、役所や金融機関に提出した自署の資料であること、当人のみが所有、使用していたことが間違いないメモ等であることを条件とすべきであり、他者が代筆する可能性のある年賀状等の筆跡は対照資料とすべきでない旨の意見を述べる。しかしながら、H鑑定書において対照資料とされた15点の書面のうち問診票や入院診療計画書については、いずれもその署名ないし記名を基本的に本人がすることが予定されたものである上、本件全証拠に照らしても、それらについてA以外の者が記載したことをうかがわせる事情は認められない。また、年賀状についても、基本的に本人が作成することが予定された文書というべきであって、上記対象資料としての年賀状についても、裏面等の文面を含めたその内容に照らし、A本人が記載したものと認められる。このように、これらの15点の書面を対象資料とすることに何らの問題もないというべきであって、多様な状況下において現れる書き手の癖等を的確に捉えて筆跡を鑑別するのが筆跡鑑定であるならば、その対照資料をG鑑定書において対照資料とされた感染症検査承諾書に限定すべき合理的理由はないというべきである。したがって、上記G鑑定人の意見を採用することはできない。
以上のとおり、信用できるH鑑定書によれば、本件遺言書におけるAの自署部分の筆跡はAのものであると認めるのが相当である。
(2)また、仮に遺言書を偽造するのであれば、その発覚を防ぐため、短い文章にとどめるのが通常であると考えられるところ、本件遺言書は、全て手書きで、かつ、かなりの長文にわたるものであって、この点に照らしても、本件遺言書が偽造に係るものであるとは考えにくいというべきである。
(3)さらに、前提事実(2)ウのとおり、本件遺言書には、原告に対しては平成20年に1000万円を贈与したとして、相続分はない旨の記載があるところ、認定事実(1)イのとおり、かかる原告に対する1000万円の贈与の事実は認められるものであって、この点は、本件遺言書がA自身によって作成されたことを裏付ける。
加えて、具体的な時期や経緯等の詳細は不明であるが、認定事実(2)ウのとおり、原告は、被告Y1との電話の中で上記金額を超えてAから2000万円の贈与を受けた旨認めている(被告Y1から3000万円と言われたのに対し、2000万円であると明確に言い直している。)上、かつ、同(1)オのとおり、被告Y1がD死亡の前後頃から、月1回程度の頻度で札幌の実家を訪問、滞在し、Aの身の回りの世話をしたり、通院や金融機関への用事がある際に付き添うなどしていたことからすれば、本件遺言のとおり、被告Y1に一切の財産を相続させることについても相応の動機があるというべきである。
(4)ア これに対し、原告は、本件遺言書につきAが作成したものではないとする根拠として、原稿用紙が用いられているのが不自然であること、契印や捨印が多量に押されていること、「第1条」「第2条」「付言」などという専門的あるいは日常的でない体裁であることなどを指摘する。しかしながら、遺言書が一生のうちでごく少ない回数しか作成されることのない書面であることからすれば、通常とは異なる改まった体裁になるのは一定程度当然のことであって、上記指摘に係る各点は必ずしも不自然さの徴表とはいえないし、そのような性質を有する遺言書であるからこそ、Aが専門家や専門知識を有する者の指導を受けて本件遺言書を作成した可能性も否定できないことからすると、原告が指摘する上記の事実から、本件遺言書がAの自署ではないと推認することはできない。
イ また、原告は、本件遺言書には、EにつきDの臨終の際に勘当を言い渡している旨の記載があるところ、被告Y1は、Dの葬儀の際に礼拝を依頼したEがこれを拒み、●を信仰していることを告白したことから、AがEに対し勘当を言い渡した旨主張し、同旨の供述をする。
この点については、認定事実(1)カのとおり、Dの死後、本件遺言書が作成された平成22年12月14日までの間に、原告の長男の結婚式にA及び被告Y1夫妻が出席していることや、本件遺言書が作成された後も、原告一家とAとの間に相当程度交流があったこと(認定事実(1)カ、(2)ア)といった事情があり、これらの事実は、上記のEを勘当したという主張等と相容れないとみえないではない。しかしながら、遺言書を偽造する者において、あえて●という特異性のあるエピソードを捏造して記載する必然性はないと思われることや、認定事実(2)ウで原告と被告Y1が述べるようなAの気質(同電話中の被告Y1の発言からすると、かかる気質は死亡直前に特有のものではなく、若い頃からのものであったとうかがわれる。)からすると、「勘当」といえるレベルの出来事であったか否かはともかくとして、Dの葬儀の場において、Eの信仰をめぐる何らかのエピソードは存在したと推認するのが相当である。
このように、本件遺言書にEを勘当した旨の記載があることをもって、同遺言書がAの作成によるものではないと推認することはできない。
ウ また、原告は、頻繁に●の実家を訪問していた被告Y1において、認知能力の低下していた一人暮らしのAの実印や印鑑登録証明書を取得する機会があったことについても指摘するが、本件遺言書が作成された平成22年当時にAの認知能力が低下していたことをうかがわせる証拠は存しないし、実印を使用できる立場にあったことと、本件遺言書を手書きで偽造することとの間に直接の関係はないというべきであるから、原告の上記主張についても採用できない。
(5)以上のとおり、本件遺言書はAが筆記、作成したものと認められ、本件遺言は有効であると認められるから、それが被告Y1の偽造に係るもので無効であることを前提とした請求の趣旨第1項ないし第5項に係る各請求は、いずれも理由がない。
3 本件遺言④~⑥当時(平成30年12月~平成31年3月時点)におけるAの遺言能力の有無について
(1)東京家庭裁判所が選任した鑑定人であるM医師は、被告やAとの利害関係もなく、中立的立場にあるところ、同年9月3日にAに対する問診及び検査を実施し、被告からの意見も聴取し、前記各診断書の内容も踏まえて総合的に判断した鑑定意見の信用性は高いものといえる。
鑑定意見によれば、Aはアルツハイマー型認知症に罹患しており、認知能力は中等度低下しているが、年齢相応以上に計算力が保たれており、簡単な買い物程度は単独で可能であり、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要である(保佐相当)状態であったと認められる。確かに、HDS-Rは(30点中)13点、MMSEは(30点中)22点であり、認知能力の低下自体は認められるものの、本件遺言④~⑥のような、被告に1億円を相続させ、残りを相続人に均等に相続させるという単純明快な内容であれば、その内容と効果を理解することは十分に可能であったというべきである。
アルツハイマー型認知症は、生活状況に大きな変化がない限り、緩徐に進行するものであるところ(弁論の全趣旨)、平成30年9月から12月までの3か月間と、同月から平成31年3月までの3か月間に、Aの生活状況に大きな変化があった事情は窺われないから、この間にAの認知症の程度が急激に進行し、遺言能力が失われたと認めることはできない。
また、本件各遺言は、平成28年8月に本件遺言①がされた時から、被告に遺産の大半を相続させるという内容で一貫しており、特に本件遺言④~⑥はその内容において同一であるから、その理解及び判断はより容易であったというべきである。
(2)この点、確かに、平成31年2月の要介護認定(更新)の申請に際して作成された主治医意見書には、MMSE(30点中)14点であり、中等度の認知症であること、日時はわからず自宅近くでも道がわからないため外出はできないこと、金銭管理や服薬管理に介助を要すことなどの記載があり、介護認定調査票には、認知機能に関して、質問に答えられないことが多く、精神・行動障害に関して、少し前に自分が話したことを忘れて何度も同じ話を繰り返すこと、日常の意思決定について、自分で判断できるのは「Yes-No」で答えられる簡単なことに限られることなどの記載があり、平成30年9月の状態と比較すると、この間にAの認知症の程度が急激に悪化したようにも思われる。
しかしながら、上記記載においても認知症は中等度とされているところ、要介護1であったAの介護認定の等級を上げることで、自費負担分を抑えたいという被告の希望を受けて、相談を受けたケアマネージャーが主治医に依頼して書いてもらった主治医意見書や、上記意向を有する被告やケアマネージャーの立会いの下で実施された調査の結果である認定調査票の記載は、介護認定の等級を上げる方向での記載になりがちであるから、これらの記載から直ちに、Aの遺言能力を否定することはできない。
何より、本件遺言⑥は、これまでの本件遺言④及び⑤と同内容であり、弁護士の助言を受けてただし書を加えたに過ぎないから、高度な判断を要するものではなく、Aが、本件遺言⑥の時点において、本件遺言書⑥を作成できるような遺言能力を欠いていたということはできない。
(3)本件遺言書④~⑥には、原告らには多額の学費を出したこと、被告はAと同居して世話をしてくれていることから、公平を期す意味で遺言することが付記されている(前記前提事実(2))。
原告らがいずれも歯科大学を出て歯科医師として稼働していることからすると(甲14、24、乙5)、原告らに要した学費は一般の私立大学と比べてもある程度大きかったと思われること、平成28年7月下旬以降、Aは被告の自宅で生活していることからすると、Aが本件遺言④~⑥において、被告に原告らよりも多く相続させる理由として、不合理、不自然とはいえない。
(4)以上によれば、本件遺言④~⑥当時(平成30年12月~平成31年3月時点)において、Aが遺言能力を欠いていたと認めることはできない。
よって、本件遺言④~⑥については無効原因が認められないから、これらに係る原告らの請求は理由がない。
1 争点について
(1)原告は、Aの認知能力が平成29年初め頃から衰え始め、平成30年7月から8月頃には急激に衰えて常時の見守りを要するようになったことから、本件自筆遺言1以降の全部において意思能力が失われていた旨主張する。
この点に関しては、平成29年初め頃から自宅のガスストーブの火の消し忘れ等が生じるようになり、物忘れ等が多発し、攻撃的な行動をとるようになり、平成30年に入るとトイレを詰まらせ、自宅住所等を言えず、同じ話を繰り返すようになった旨、原告の主張に沿う原告自身の供述及び陳述書の記載(甲16〔2、3、15〕、原告本人〔1~4、17、18〕)がある。そして、こうしたAの状態を認知症であると判断し、通常は医師の診断を受けることになる旨を認識しつつ、Aを苦しませることになるからそうした必要はなく、「保健医」が意見を付したことや自ら見聞きしたことからして上記のとおり判断し得る旨を供述する(原告本人〔21、22〕)。
(2)そこで検討すると、まず、括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、原告及びその家族に宛てて、平成29年頃からAの頭の方などがかなり衰え始めている、平成30年7月末から8月にかけてすべての面で衰えがあり、かろうじて独力でできるのは、排せつ、衣服の着脱、食事、日常会話(ただし、複雑なことは理解できない)といったことである、同年8月下旬頃から、急に様子がおかしくなり、言葉なくボーッとしている旨を記載した文書を逐次作成した(甲13の1~3、被告本人〔6、7〕)。
イ Aの介護認定を目的に調査員は、Aの自宅に赴いた際、次の各日に、それぞれのことを認識した。
(ア)平成30年10月25日
被告が同席していて、Aからは、生年月日等につき、季節以外は正答を得たほか、同じ話の繰り返しが多く見られた。同席者からは、探し物を一人で探せないことが多い、電話をかけられない、服薬、金銭管理を被告が全部行っていることなどを聞き取った(甲15〔12枚目〕、被告本人〔32、33〕)。
(イ)平成30年12月12日
原告と妻、担当ケアマネージャが同席していて、Aからは、生年月日等につき、食事内容及び季節を除いて正答を得たほか、息子は何もしてくれない、全く子供の世話になっていないと自分を繕って話している旨を聞き取った。同席者からは、自分の話したことを忘れてしまい数分ごとに同じ話をする電話のボタンを適当に押してしまう、夕方になると不穏になり、原告を杖で叩くなどすることなどを聞き取った。そのほか、アイロンの焦げ跡が床にできていることを確認した。(甲15〔8枚目〕)
(ウ)令和元年9月9日
被告と担当ケアマネージャが同席していて、Aが令和元年8月5日に大腿骨骨折の治療のために入院し、同月21日に手術治療なく退院したことを確認し、Aからは、生年月日、自分の名前及び居場所、季節について正答を得た。その一方で、同席者からは、事実と違うことを述べることが週数回あり、数分前に聞いたことを忘れ、同じ質問を繰り返し、理解力や判断力が低下し、日常生活においても日常の意思決定がほとんどできないが、ものを食べるかといった簡単な質問には対応できる旨を聞き取った。(甲15〔4枚目〕、被告本人〔31、32、43〕)
ウ 上記イ(ア)~(ウ)のそれぞれに近接した時期にAを診察した医師は、次の時期に主治医意見書を作成し、それぞれのとおりの判断を表明した。
(ア)平成30年11月頃
短期記憶に問題があり、日常の意思決定を行うための認知能力は自立し、自分の意思は伝えられ、日常生活自立度は「Ⅰ」である(甲15〔13、14枚目〕)。
(イ)平成30年12月頃
短期記憶に問題があり、日常の意思決定を行うための認知能力はいくらか困難で、自分の意思は伝えられ、日常生活自立度は「Ⅱb」である。認知症の進行があり、服薬管理ができず、電話対応できない。(甲15〔9、10枚目〕)
(ウ)令和元年9月頃
短期記憶に問題があり、日常の意思決定を行うための認知能力には見守りが必要で、意思の伝達は具体的要求に限られ、幻視・幻聴、妄想及び昼夜逆転の症状があって、日常生活自立度は「Ⅱb」である、下肢の骨折後に認知機能の低下や行動心理症状の悪化が目立つ(甲15〔5、6枚目〕)。
エ 上記の各主治医意見書を作成した医師は、被告代理人弁護士からの照会に対し、Aについて、大腿部骨折による入院後からは下肢の疼痛によるせん妄の合併もあって、それより前に比して認知機能に変動があった、適切な補助があれば自らの意思に基づいて自筆証書遺言をすることが可能で、本人の覚醒が良く、信頼できる者の見守りがあれば本人の意思に反した内容を記載することはないが、退院後はそれより前に比して遺言書を作成可能な機会は限定的であったとの見解を示した(乙16の2)。
(3)ア 上記(2)ア及びイの認定事実を踏まえると、原告の上記供述等は、調査員の聴取内容の一部と整合するほか、被告が作成した文書の内容と整合的ということはできる(被告は、作成した文書の内容は誇張して書いた旨供述する一方で、間違った内容でもないとも供述している(被告本人〔6、7〕)から、被告自身もAの能力全般の衰えを認識し、又は疑っていたと認められる。)。
これらの内容は、Aに肉体的、精神的な能力全般に疑問を生じさせるもので、Aの従前の様子を知る者として、Aの事理弁識能力に疑問が生じていたということができる。
イ しかし、上記(2)ウの認定事実によれば、平成30年12月までにAを直接診察した主治医の2回にわたる判断は、短期記憶に問題があるが日常の意思決定をおおむね独力で行い、意思を伝えることができるというものである。このように、医学的知見を有する第三者の判断が上記の疑問と反対趣旨のものとなっていることを踏まえると、上記の疑問に従って、本件自筆遺言1が作成された時期にAの事理弁識能力が失われていると判断することはできない。
そして、自筆証書遺言1の内容は、全財産を被告に遺贈する旨の単純明快なもので、複雑な法律関係や事実関係の理解が必要なものとはいえない。そうすると、少なくともこの当時、一般的にAの事理弁識能力が失われていたとはいえず、また、遺言の内容に照らして高度の認知能力が必要で、Aの能力がこれを満たしていないともいえず、Aに遺言能力がなかったとはいえない。
ウ Aのその後の状況をみると、証拠(乙13の3~6)によれば、Aは、骨折の加療のための入院前及び入院中においても家族と通常の会話をすることができていたと認められ、原告の供述によっても、手を握り変えるように求めると「そこそこ」の力で握り返してきた、会話内容については特別覚えていない(原告本人〔39〕)というのであり、認知能力について特別の言及がないことからすれば、通常の意思疎通はできたとみられる。
ところで、上記(2)ウの認定事実によれば、退院して自筆証書遺言4がされた時期は、入院前に比して、認知機能の低下や行動心理症状の悪化が目立つと診断され、Aの事理弁識能力が入院前よりも低下したと評価するのが相当といえる。
しかし、上記(2)エの認定事実によれば、Aを診察した医師は、この時期においてもなお遺言書を作成可能な機会はそれより前に比して「限定的」と評価される旨振り返るにとどめている上、本件自筆遺言4は、本件自筆遺言1~3と内容がほぼ同一であり、従前に作成したものと同内容の遺言を再度作成するのにそれほどの困難があるとは考えられない。
そうすると、本件自筆遺言4の作成当時に遺言能力が失われていなかったとみる余地は十分にあるというべきであり、他にAの遺言能力が失われたと認めるに足りる証拠はない。
(4)以上の点に関し、原告は、①公正証書遺言をした者が自筆証書遺言を選択すること、②8か月弱の間に4通もの自筆証書遺言をし、内容が酷似していることが不自然、不合理で、遺言能力の欠如の裏付けである旨主張する。
上記の各点は、それぞれを捉えると、改めて公正証書遺言をすることにより過去の遺言を覆すのが確実な方法であるとか、何度にもわたって同内容の遺言を重ねる必要性に乏しいと冷静に考えるならば、その限りで不自然であるといえなくもない。しかし、意思能力が健常であっても、遺言の際に冷静に行動するとは直ちにはいえず、公正証書遺言の後に自筆証書遺言をすることも、同内容の遺言を繰り返しすることもあるといわざるを得ない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(5)以上によれば、本件自筆遺言4が無効であるとはいえない。
1 原告らは、本件遺言文言には遺産の一部を「●区の老人ホーム又は交通事故遺児に寄付したいと思います」と記載されているだけで、その解釈だけでは具体的な受遺者を特定することができないから無効であるなどと主張する。
2(1)そこで検討するに、遺言制度が遺言者の自らの財産処分の意思を尊重する制度であることに鑑みれば、遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈し、可能な限り有効となるように解釈することが相当であり、そのためには遺言書の文言を前提としながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯やその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである(最高裁平成5年1月19日第3小法廷判決・民集47巻1号1頁)。
(2)このような見地から考えると、Aとしては、自らの財産の一部を世話になった人物に遺贈した上で、残りの財産を法定相続人である原告らに相続させるのではなく、その全てを●区内の老人ホームや交通事故遺児のために活動する団体等に寄付することで、広く老人ホームで暮らす老人や交通事故遺児のために役立てたいとの意思を有していたことは明らかである。そして、本件遺言文言で受遺者が特定されていないことについても、Aとしては、●区内の老人ホームや交通事故遺児のために活動する団体等のいずれかにおいて自分の財産を役立ててほしいとの意思を有していたものと解するのが相当であり、かかる解釈がAの意思に合致するものと解される。
(3)そして、本件遺言に遺言執行者による受遺者選定を前提とするような文言がなかったとしても、上記のとおり、遺言の解釈に当たっては可能な限り有効となるように解釈することが相当であるし、家庭裁判所は遺言に遺言執行者の指定がない場合であっても利害関係人の請求によって遺言執行者を選任でき(民法1010条)、選任された遺言執行者は遺言執行につき善管注意義務を負っている(民法1012条3項、644条)。そうすると、遺言書の文言を合理的に解釈するなどして遺言執行者が選定した受遺者は、通常、遺言者の意思に合致していると考えられるから、遺言書に遺言執行者による受遺者選定を前提とするような文言がない場合にも、遺言執行者をして受遺者選定を行うことは遺言者の合理的意思に沿うものといえる。したがって、本件遺言の遺言執行者であるB弁護士は、本件遺言文言に沿った受遺者を選定する権限を有していると認めるのが相当である(なお、B弁護士が受遺者として選定した被告は、道路における交通事故が原因で死亡した者らの子女等への奨学金の貸与等を行う公益財団法人であり(前提事実(1)ウ)、Aの意思(本件遺言文言)に合致するものと認められる。)。
3(1)これに対し、原告らは、●区の老人ホームと記載したAの真意は推認できるが、交通事故遺児と記載されている理由も事情も不明であり、その真意を推測することは不可能であるなどと主張するが、Aが老人ホームや交通事故遺児のために自分の財産を役立てたいとの意思を有していたことは明らかであり、上記判断を左右しない。
(2)また、原告らは、Aから委任されたわけではないB弁護士が受遺者を選定する権限があると解することは、遺言執行者による自由な選定を許すこととなり、遺言代理を禁止した法の趣旨に反するなどと主張する。しかし、上記2(3)記載のとおり、遺言に遺言執行者の指定がない場合であっても遺言執行者が選任されることは、法が予定しているところである。また、遺言執行者として選任されたB弁護士は専門的知見を有する弁護士であり、遺言執行について善管注意義務を負うことにも照らせば、その執行は本件遺言の文言を合理的に解釈したAの意思に沿うものとなることが想定されるのであって、Aの意思を無視した遺言執行者(B弁護士)の自由な受遺者選定となるとは考え難いから、原告らの主張は理由がない。
なお、原告らは、被告が受遺者に選定された経緯について、B弁護士がAの甥のCの意見を聞きながら手続きを進め、また、その任務遂行に善管注意義務違反もあるから、家庭裁判所の監督下に置かれているというのは明らか誤っており、選定権限の逸脱・濫用のおそれは多分にあるなどと主張するが、かかる主張を認めるに足りる証拠はなく、上記判断を左右しない。
(3)その他、原告らが縷々主張する事情によっても、本件遺言文言の内容が確定していないということや、遺言執行者であるB弁護士に受遺者を選定する権限がないということを認めることはできない。
4 以上のとおりであるから、本件遺言部分が無効であるとは認められず、原告らの請求は理由がない。
2 検討
(1)本件遺言は公正証書遺言である。そして、本件公正証書は、公正証書遺言に係る厳格な要式を履践して作成されており(認定事実(2)イ)、これにより本件遺言に係るBの真意が担保されている。
また、本件遺言の内容は、Bが有する一切の財産を参加人に相続させること、参加人を祭祀主宰者に指定すること、遺言執行者として被告を指定すること、原告の相続分はゼロとすることなどを骨子とする単純なものである(前提事実(2))。そして、Bは、平成24年2月7日時点で長谷川式認知症スケールにおいて29点を記録している(認定事実(1))ところ、その後同年12月28日までにBの認知能力等が悪化したことをうかがわせる証拠はなく、Bは、本件遺言の時点でその内容を理解する能力を有していたものと認められる。また、本件遺言の内容が合理性を欠くものであることを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はなく、さらに、Bが参加人の支配による心神喪失状態にあったことなどをうかがわせる証拠もない。
以上の諸点等に鑑みれば、本件遺言がBの真意に基づかずに作成されたなどということはできず、本件遺言は有効というべきある。
(2)これに対し、原告は、平成26年東京高裁判決の理由中の判断によれば、Bは参加人に迎合して本件遺言をしただけというべきである旨主張する。しかしながら、同判決の理由中の判断に拘束力がない点を措くとしても、本件遺言は、既述のとおり、本件公正証書の作成経過における厳格な要式性によって、Bによる内容の把握及びこれを前提とするBの真意が担保されているものであり、平成26年東京高裁判決で問題となった社債償還請求権等の権利行使者指定とは、性質を異にするものである。そして、仮にBが参加人の意向に迎合して本件遺言をしたといった事情があるとしても、そのような事情は、本件遺言の動機に係るものであり、本件遺言に係るBの真意の欠缺を意味するものとはいえない。また、前提事実(3)及び証拠(甲6、13、26から30まで、32、丙11)によれば、Bは、参加人の意向に沿う書面を作成した後、原告の意向に沿う書面を作成したことがあったと認められるものの、本件遺言については、その作成後に内容を異にする遺言を作成したとは認められず、本件遺言の撤回(民法1022条)があったということもできない。原告がるる主張する点は、いずれも前記認定判断を左右するものではない。
(2)亡Aの精神上の障害の有無、内容及び程度について
ア 認定事実
前提事実(前記第2の2)、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(ア)亡Aに係る介護の開始等
a 亡Aは、平成21年9月頃、脳梗塞を発症し、同年11月10日付けで、要介護1の認定を受けた(甲15の2、乙4の1、乙14、原告本人(同人の陳述書(甲25)を含む。以下同じ。甲25〔2頁〕)、被告Y1本人(同人の陳述書(乙14)を含む。以下同じ。乙14〔8頁〕))。
b 亡Aは、同月23日から、概ね週2回から3回の頻度で、介護老人福祉施設Dにおいてデイサービス(通所介護)を利用するようになり、平成22年1月からは、同所においてショートステイ(短期入所生活介護)を利用するようになった(乙5の1~3)。
c 亡Aは、平成22年3月30日付けで、要介護2の認定を受けた(乙4の2)。
(イ)亡Aの認知症の発症及びその状況等
a 亡Aは、平成23年秋頃から、自宅内のストーブに紙を置いて火をつけようとしたり、食事をしたことを忘れ、介護に当たっていた被告Y3に何度も食事を要求したりといった問題行動をみせるようになった(甲15の2、被告Y1本人(乙14〔9頁〕、7頁))。
b 亡Aは、平成24年2月27日付けで、認知症(脳血管性)、脳梗塞(左不全麻痺)等の診断を受けた。同診断においては、認知症の発症時期は平成23年秋頃とされており、亡Aの心身の状態について、日常の意思決定を行うための認知能力については「判断できない」、自分の意思の伝達能力については「いくらか困難」との医師の意見が付されている。(甲15の2)
c 亡Aは、平成24年4月4日付けで、要介護4の認定を受けた(甲15の1、乙4の3)。
d 亡Aは、平成24年4月16日、社会福祉法人Eとの間で、特別養護老人ホームF(以下「F」という。)の利用に関する短期入所生活介護契約を締結した(甲22の1、乙7)。
e 亡Aは、上記契約に基づき、①平成24年4月16日から同月22日まで、②同年5月11日から同月31日まで及び③同年6月4日から同年7月3日までの合計3回にわたり、Fにおいて、そのショートステイサービスを利用した。(甲22の2~4、乙6の1~4)
(ウ)亡Aに係る成年後見の開始等
a 亡Aは、平成24年7月18日付けで作成された診断書(成年後見制度用)において、認知症等と診断された。当該診断書には、亡Aの脳の萎縮が著しく、年齢や経歴の記憶力や、場所や時間の見当識がない旨の記載、回復の見込みが全くない旨の記載や、同日に実施された長谷川式認知症スケール検査の結果が8点である旨の記載がある。(乙8)
b 被告Y1は、平成24年7月20日、横浜家庭裁判所に対し、亡Aについて成年後見開始の申立てをした(同裁判所平成24年(家)第50818号)。これに後行して、原告からも、同年8月13日、同裁判所に対し、亡Aについて成年後見開始の申立てがされた(同裁判所平成24年(家)第50915号)。(甲16、乙9)
c 横浜家庭裁判所は、同年10月5日、亡Aにつき成年後見開始の審判をした(乙9)。
イ 亡Aの精神上の障害の有無、内容及び程度に関する検討
(ア)本件各遺言当時の亡Aの精神上の障害の有無等を検討するに当たり、最も重視すべきと考えられるのは、亡Aについて、①平成24年2月に認知症と診断され、日常の意思決定を行うための認知能力が「判断できない」とされていること、②同年7月にも認知症と診断され、年齢や経歴の記憶力や場所や時間の見当識がないとされていること、及び③同月18日に実施された長谷川式認知症スケール検査の結果として、8点という数値が出ていることである(認定事実(前記ア)(イ)b、(ウ)a)。特に、③については、当該検査における一般的なカットオフ値(病態識別値)が20点とされ、20点以下であれば認知症の疑いがあるとされているところ、8点という検査結果は、カットオフ値を大きく下回る極めて低い数値であるといえる。
これらのことに加え、亡Aについて、平成23年秋頃から自宅内のストーブに紙を置いて火をつけようとしたり、食事をしたことを忘れたりするなど、認知症の症状とみられる問題行動が認められるようになり、平成24年4月頃には、亡Bの入院も重なり、被告Y3による介護の負担が相当大きいものになっていたことから、より長期間のステイの利用を可能とするため、要介護4の認定を受け、Fのショートステイを利用することになったという経緯(認定事実(前記ア)(イ)、被告Y1本人(乙14〔9頁〕、26頁))も併せて考慮すると、亡Aの認知症は、発症から前記の検査がされた平成24年7月頃にかけて相当進行しており、その認知・判断能力は相当低下していたことがうかがわれる。
(イ)これに対し、原告及び被告らは、本件当時において、亡Aの認知能力が一定程度低下していたことは認めつつも、概ね会話が成り立つ程度の発話をすることは可能であり、直近の会話の記憶を保持する能力は有していたと主張しており、原告及び被告Y1も、概要これに沿う供述をする(原告本人(21頁)、被告Y1本人(乙14〔14頁〕、15頁))。
確かに、平成24年4月から7月にかけてのFにおける介護記録(甲22の2~4)によれば、亡Aが、当時、同所の職員との間で日常生活上の意思疎通を行っていた様子がうかがわれる。また、証拠提出された録音内容(甲27、28、30、31)においても、亡Aが他の者との間で一定の会話を行っていた事実が認められる。
もっとも、一方で、上記録音内容をみると、亡Aは、原告や他の者からの会話に対し、基本的には相づちを打ったり、簡単な感想を述べたりしているにとどまり、自ら何らかの話題を提示したり、複雑な内容の会話をしたりしているような様子は見受けられない。平成24年2月付けの診断書(甲15の2)においても、亡Aの意思の伝達能力についてはいくらか困難である(およそ意思の伝達をすることができないわけではない)ことを前提としつつ、日常の意思決定に関する判断能力はないものと診断されているように(認定事実(前記ア)(イ)b)、亡Aに上記のような程度の会話をする能力があったことから、亡Aの認知・判断能力が低下していたことが直ちに否定されるものではない。
以上に加え、前記のとおり、亡Aについて実施された長谷川式認知症スケール検査の結果が相当悪いことを考慮すれば、原告及び被告らの前記主張をもって、前記(ア)の認定は左右されないというべきである。
(3)本件各遺言に係る遺言能力についての判断
上記(2)で認定した亡Aの精神上の障害の有無、内容及び程度を前提として、本件各遺言の内容等を踏まえつつ、その当時、亡Aにこれらの遺言をする能力(遺言能力)があったかを個別に検討する。
ア 平成24年6月遺言について
(ア)平成24年6月遺言は、原告に亡Aの財産の半分を相続させるというものであり、その内容それ自体はさほど複雑なものとはいい難い。もっとも、亡Aの財産は、多数の土地・家屋等の不動産や現金・預貯金等の金融資産等の積極財産に加え、金融機関からの借入金債務等の消極財産を含むものであったから(甲2、3)、その半分を相続させるという遺言の内容を正しく理解し、その法律効果を弁識するための能力としては、相応の認知・判断能力が必要となるというべきである。
そして、前記(2)のとおり、亡Aの認知症は、その当時相当進行しており、その認知・判断能力は相当低下していたと認められるから、当時の亡Aが、平成24年6月遺言の内容を理解し、その法律効果を弁識することができる状態にあったとは認め難い。したがって、平成24年6月遺言について、その当時、亡Aにこれを有効に行う能力はなかったものと認められる。
(イ)これに対し、原告は、平成24年6月遺言の内容は、生前の亡Aの発言に沿うものであり、その意思に基づくものとして自然と理解することができるものであるから、亡Aがその真意に基づいてしたものと認められる旨主張する。
しかし、前記のとおり、本件当時、亡Aの認知・判断能力は、認知症の進行により相当低下していたものと認められるから、仮に、亡Aの生前の発言において平成24年6月遺言の内容に沿うものがあったとしても、そのことをもって、前記(ア)の認定が左右されるものではない。
イ 平成24年7月遺言について
(ア)平成24年7月遺言は、平成22年遺言書記載のとおり財産を相続させるというものであり、これについても、その記載内容それ自体が複雑なものとはいい難い。もっとも、その引用する平成22年遺言書は、亡Aが当時保有している多数の財産について、法定相続人らである原告及び被告らの取り分を個別に割り振り、より多くの財産を相続することとなる被告らから原告に対し一定の代償金を支払うこととしつつ、相続に係る債務及び諸費用の負担割合や、相続開始の時点で相続人が死亡していた場合における取扱い等についても一定の取決めをするものであって、その内容は相当に複雑なものとなっている(前提事実(3)イ、甲3)。
以上からすると、平成24年7月遺言の内容を理解し、その法律効果を弁識するためには、相応の認知・判断能力が必要となるというべきであって、前記(2)のとおり、認知症の影響により判断能力が相当低下していた亡Aにその能力があったものとは認められない。
(イ)これに対し、被告らは、本件当時、亡Aには、A家の財産をどう守るかといった重要なことについては、記憶喚起を促せば思い出すことができる程度の能力は保持されており、平成24年7月遺言書の直前にC連からの定期照会を受け、これに対して回答したことがあったこと(乙3の2、乙13)により、平成22年遺言書についての記憶が喚起されていたから、亡Aには、平成24年7月遺言の内容を理解する能力があったと主張する。
しかし、仮にC連からの定期照会により、亡Aが平成22年遺言書の存在を想起したことがあったとしても、これにより直ちに、当該遺言書の内容までをも想起し、これについて記憶が喚起されたとまで認められるものではない。前記(2)のとおり、C連からの定期照会があった時点において、亡Aの認知・判断能力は相当低下していたものと認められるから、当該定期照会をもって、平成24年7月遺言の当時、当該遺言の引用する平成22年遺言書の内容を想起することができ、平成24年7月遺言の内容を理解することができる状態にあったと認めることはできない。
(ウ)以上のとおりであるから、平成24年7月遺言についても、その当時、亡Aにこれを有効に行う能力はなかったものと認められる。
2 第1遺言の有効性について
(1)第1遺言は原告が亡Aに作成を強要したものか否か
ア 認定事実(2)記載のとおり、亡Aは、第1遺言を作成する直前にE弁護士に遺言の作成について相談をしており、その際、第1遺言と同内容の下書きを示しながら、不動産をそのとおりに配分したい旨述べるなど、遺言を作成したい旨の意思を明確に表示していたこと、そして、上記の相談は、原告のいない場で行われたものであったことからすると、亡A自身に第1遺言の内容の遺言書を作成する意思があったことが強く推認される。
イ これに対し、被告らは、平成25年の終わり頃に亡Aが被告Y1に対して「原告に遺言を書かされた」旨を打ち明けた旨や、平成25年5月より前のある夜、原告から被告Y1に電話があり、「被告Y2の取り分を少なくして残りを原告と被告Y1で等しく分けるように亡Aに遺言書を書いてもらうから承知してほしい。亡Aを言いくるめるから」などという話をされた旨を主張し、被告Y1がこれに沿う供述をする。
しかし、同供述を裏付ける的確な証拠はなく、かえって、亡Aが被告Y1に対して突然上記のような告白をしたというのは唐突であり、E弁護士への相談時の亡Aの言動からしても不自然であるし、原告が被告Y1に対してあえて上記のような話(自分が亡Aを言いくるめるなどという話)を持ち掛けたというのも不自然であって、被告Y1の上記供述は容易には措信できない。
ウ また、被告らは、第1遺言の内容が不自然・不合理である(亡Aが生前原被告ら三兄弟を平等に扱うことを原則としていたことに反するし、被告Y2が亡Aに対して仕送りをして貢献していたことにも反する)旨も主張する。
しかし、亡Aは、平成3年遺言では、被告Y1から「一方ならぬ心遣い」を受けていることを理由に、同人を他の兄弟に比して有利に扱うこととしていたのであり(認定事実(5)ウ(イ))、合理的な理由があれば三兄弟を別異に扱うこともあり得ないものではなかったと考えられる。そして、第1遺言には、「被告Y2はK家(亡妻の家)に入籍しているので一考した(認定事実(6)アのとおり、被告Y2は平成7年に婚姻に伴って亡Kの両親と普通養子縁組を行っている。)」旨、被告Y2を不利に扱った合理的な理由が記載されているのであるから、第1遺言が被告Y2を合理的な理由なく不利に扱う不合理なものであったとはいえない。また、被告らは被告Y2が亡Aに仕送りをしていたことに反する旨も主張するが、認定事実(6)イのとおり、被告Y2が第1遺言作成前に亡Aから2回ほど借金をしており、そのうち170万円は返済が未了であったことも踏まえると、亡Aが被告Y2を不利に扱うことが不合理であったとまではいえない。
エ また、被告らは、第1遺言には「被告Y1については後継者がいない」との事実に反する記載(被告Y1には長男がいる)がされている点も不合理な点として指摘するが、証拠(甲7の1ないし7の3、18)によれば、当時亡Aは被告Y1の妻から長男が家出したことを聞き、その際に被告Y1の妻と口論になるなどしたことがあった事実が認められ、そのような経緯を踏まえて第1遺言に上記のような記載をしたものとも考えられるのであって、上記記載が不合理であるとは必ずしもいえない。
オ そして、他に原告が亡Aに第1遺言の作成を強要したとの事実を認めるに足りる証拠はないから、第1遺言が原告が亡Aに作成を強要したものであったとは認められない。
(2)第1遺言の一部が亡A以外の者が作成したものか否か
認定事実(2)イ記載の亡AとE弁護士とのやり取りの内容及び状況からすれば、第1遺言はすべて亡Aが作成したものであったことが強く推認され、これを覆すに足りる証拠はないから、その一部が亡A以外の者が作成したものであったとは認められない。
被告らは、第1遺言が収められていた封筒の裏面の「A」の文字の筆跡とそれ以外の文字の筆跡が明らかに異なる旨や第1遺言の本文と署名欄とで筆跡の筆圧や雰囲気が異なる旨などを指摘するが、第1遺言が収められていた封筒の裏面の「A」の文字については他の文字よりも少し太い文字で書かれてはいるものの筆跡自体が他の文字と異なるとまでは認められないし、第1遺言の本文と署名欄の筆跡が異なるとも認められず、これらの指摘を踏まえても上記の推認を覆すに足りるとはいえない。
(3)第1遺言の内容が特定されているといえるか否か
ア 遺言の解釈にあたっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが遺言者の意思に沿うものであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである(最高裁平成5年1月19日第三小法廷判決・民集47巻1号1頁参照)。
イ 本件においては、亡Aは島根県浜田市▲▲に複数の不動産を所有し、これらを①株式会社Bに賃貸する駐車場、②Cに賃貸する駐車場、③Dに賃貸する土地建物及び④自宅用土地建物(建物の北側にある畑を含む。以下同じ)として用いていたものと認められる(甲33、35ないし38(いずれも枝番号を含む。)、弁論の全趣旨)。
上記利用状況を前提に、第1遺言の文言の内容及びその添付図面記載の各不動産の位置関係のほか、上記②の駐車場は上記①の駐車場よりも後に賃貸するようになったものであったこと(甲38の3ないし38の8)などの事情を考慮すると、第1遺言記載の「Bに貸している駐車場(土地)」、「第二駐車場」、「借家(Dが入居している)土地」及び「母屋の土地家屋と裏の畑」とは、それぞれ、上記①ないし④の各不動産を指すものと解するのが合理的である。
そして、証拠(甲33の1ないし33の10、37の1ないし37の3、38の3ないし38の7)によれば、①株式会社Bに賃貸する駐車場とは、具体的には、●県●市▲▲301番4、同298番7、同298番6、同298番4の一部、同298番10、同298番11、同298番12、同299番2の一部、同299番16及び同301番1の一部の各宅地(別紙図面1の緑色の枠内の土地)のことであると認められる。なお、同駐車場には一筆の土地の一部が含まれており、別紙図面1記載のとおりこれらの土地の残部は③Dに賃貸する土地及び④自宅用土地として利用されているものであったが、別紙図面2記載のとおり、これらの土地とはコンクリート塀で隔てられていることからすれば、現地において各不動産の範囲を特定することは可能であると解される。
また、証拠(甲33の11、37の1ないし37の3、38の8)によれば、②Cに賃貸する駐車場とは、具体的には、同298番8の土地(別紙図面1のピンク色の枠内の土地)のことであると認められる。
さらに、証拠(甲33の4、33の8、37の1ないし37の3、38の9)によれば、③Dに賃貸する土地とは、具体的には、同298番4の一部及び同299番2の一部の各宅地(別紙図面1の黄色の枠内の土地)のことであると認められる。なお、これらの土地は一筆の土地の一部であり、別紙図面1記載のとおり同土地の残部は①株式会社Bに賃貸する駐車場及び④自宅用土地として利用されているものであったが、上記のとおり①株式会社Bに賃貸する駐車場とはコンクリート塀で隔てられていること、また、現地に存在するコンクリートの状況等から、④自宅用土地とは別紙図面2記載のア、イ、ウ、エ及びオを順次直線で結んだ線によって区別されると解するのが合理的であること(甲35の2、42、弁論の全趣旨)からすれば、現地において各不動産の範囲を特定することは可能であると解される(そして、このように解して第1遺言を有効と解するのが亡Aの意思にも沿うものであるといえる。)。
加えて、証拠(甲33の8、33の10、37の1ないし37の3)によれば、④自宅用土地建物は、具体的には、同299番2の一部及び同301番1の一部の各宅地(別紙図面1の青色の枠内の土地)及びその上に建つ未登記の建物のことであると認められる。なお、これらの土地と①株式会社Bに賃貸する駐車場及び③Dに賃貸する土地の各範囲を現地において特定することが可能であると解されることは上記のとおりである。
その他、証拠(甲38の1)及び弁論の全趣旨によれば、第1遺言記載の「●の山林」とは、亡Aが所有していた●県●市◆◆1556番及び同1554番2の山林のことであると認められる。
このように、第1遺言によって相続分の指定がされた不動産は、いずれもその範囲を特定することが可能であると認められる。
ウ 以上に対し、被告らは、第1遺言の添付図面と実際の不動産の位置関係にずれがある点等を指摘するが、そのずれの程度等を踏まえても、第1遺言の有効性を否定すべき事情とまではいえない。
また、被告らは、三等分するとされる「金品有価証券等」について、「等」という曖昧な文言が付いている点も指摘するが、その前に「金品有価証券」と具体的な例示があることや、不動産については上記のとおり別途具体的な相続分の指定がされていることからすれば、「等」とは亡Aが所有していた動産類すべてを指すものと解するのが合理的であり、上記の点をもって第1遺言の内容が不明確であって同遺言が無効であるとはいえない。
(4)第1遺言作成当時亡Aに遺言能力があったか否か
ア 認定事実(2)イ記載のとおり、亡Aが第1遺言作成前にE弁護士に対して希望する遺言の内容を具体的に説明できていたことや、遺留分を理解しているような発言をしていたこと、また、亡Aが、第1遺言を作成するにあたって、数日前にE弁護士から聞き取った形式的要件(氏名・日付・押印・訂正の場合の注意等)を遵守して第1遺言を作成していることなどからすれば、亡Aには当時遺言能力があったことが強く推認される。
イ この点、被告らは、亡Aには当時認知症の症状が比較的強く出ており、遺言書作成から11日後に作成された主治医意見書(乙113)によれば、亡Aには当時認知症による幻視・幻聴・妄想の症状があった上、うつ状態であり、短期記憶にも問題があり、日常の意思決定にもいくらか問題がある状態であった旨を主張する。
確かに、認定事実(3)ア記載のとおり、第1遺言作成の11日後に作成された主治医意見書には、亡Aの心身の状態に関する意見として、「短期記憶」は「問題あり」、「日常の意思決定を行うための認知能力」は「いくらか困難」、「認知症の周辺症状」は「幻視・幻聴」及び「妄想」が「有」などの記載はあったものの、一方で、上記意見書でも、「日常の意思決定を行うための認知能力」が「判断できない」レベルであるとまではされていなかったのであるし、かえって、「自分の意思の伝達能力」については「伝えられる」とされていたのであり、上記意見書をもって直ちに亡Aの認知症が重度であったとまでは認められない。かえって、認定事実(2)イ記載の亡AとE弁護士との第1遺言作成直前の相談時のやり取りの内容及び状況や、認定事実(1)及び(3)記載のとおり、当時の亡AのHDS-Rの点数が比較的高位で推移していたことなどからすれば、当時の亡Aの認知症の程度が重度であり遺言能力を否定すべき程度のものであったとまでは認め難い。
ウ したがって、第1遺言作成当時、亡Aには遺言能力があったものと認められる。
(5)以上より、第1遺言は有効であると認められるから、被告Y1の第2事件に係る請求には理由がない。
3 第2遺言の有効性について
(1)第2遺言が亡Aの作成したものか否か
ア まず、認定事実(3)及び(4)記載のとおり、第2遺言が作成されたとされる平成26年8月頃の亡Aは、第1遺言作成時と異なり、もはや一人暮らしは困難となって被告Y1の自宅に引き取られており、その後、認知症の進行によって物忘れがひどくなったり、精神的に不安定な状態となったりしていたのであり、同年9月にはHDS-Rの点数が4点にまで落ちるなど、その事理弁識能力は大きく減退していたことがうかがわれることからすると、当時亡Aが自ら第2遺言を作成することができたのかには大きな疑問がある。
イ また、認定事実(5)記載のとおり、被告らが、原告との遺産分割協議が難航し、原告から第1遺言の検認の申立てを促された後になって、第2遺言が発見されたとして検認の申立てを行ったという経緯も、亡Aより第2遺言をその作成直後から預かっていたとの被告らの主張と整合していないように思われるし、経緯としても不自然であって、この点からも、第2遺言が亡Aの作成したものであるかには疑問がある。
ウ さらに、第2遺言の筆跡についても、それが亡Aのものであるかについて、疑問がある。
すなわち、第2遺言の亡Aの署名の筆跡は、亡Aの生前の筆跡(平成25年8月30日付け入院診療計画書への入院者本人の署名欄の筆跡(甲19の4)及び同日付けH病院長宛ての書面への入院者本人の署名欄の筆跡(甲19の7))と比べ、①「×」の文字の9画目(「△」の部分の1画目)の終筆部分が、第2遺言では「止め」で終筆しているのに対し、亡Aの筆跡では右上方向又は左上方向への「撥ね」で終筆していること、②「×」の文字の10画目及び「◇」の文字の2画目の転折部分が、第3遺言ではいずれも「了」字状に転折して折り返している(横の画線の末尾で、来た方向に折り返すように、少し戻ってから、縦の画線に移動している)のに対し、亡Aの筆跡ではいずれもそのような転折はみられないこと、③「◇」の文字の4画目の終筆部分が、第2遺言では「払い」で終筆しているのに対し、亡Aの筆跡では左下方向(5画目の方向)への続き書きがみられることなどの差異がみられる。
なお、筆跡については、同一人物によるものであったとしてもその時々の心身の状態等によって変化するものであり、それに多少の差異がみられるからといって直ちに遺言書の自署性が否定されるものではないが、上記ア及びイの事情と総合的に勘案すると、本件では、遺言書の自署性を否定する間接事実の一つになると評価できる。
エ これに対し、被告らは、平成25年の終わり頃、亡Aが、被告Y1に対し、原告に言われて被告Y2の取り分を少なくするような遺言を書いた旨を打ち明けた、その後、亡Aは、平成26年8月2日、改めて被告Y1に対し、第1遺言は原告に書かされたもので、何のことかよく分からなかった、同遺言は撤回したい(兄弟げんかのもとになるようなことをするわけがない。あったとしたらすぐに直す、前から三人平等だと言ってきた)と述べたため、同月4日、被告Y1宅において、被告Y2と被告Y1の妻(F)が同席する場で、第2遺言を作成した旨主張し、被告ら及び証人Fが同主張に沿う供述ないし証言をする。
しかし、上記2(1)イで述べたとおり亡Aが被告Y1に対して上記のような告白をしたというのは唐突である上E弁護士への相談時の亡Aの言動に照らしても不自然であること、上記アのとおり、当時亡Aが自ら第2遺言を作成することができる状態であったとは容易には考え難いこと、上記イのとおり、第2遺言の検認申立てに至る経緯が不自然であること、上記ウのとおり、第2遺言の筆跡が亡Aのものであるかにも疑問があることなどからすれば、上記の供述ないし証言は容易には措信できない。
オ 以上を総合すれば、第2遺言が亡Aの自署によるものであるとは認められないというべきである。
(2)以上により、その余の点について判断するまでもなく、第2遺言は無効であると認められるから、原告の第1事件に係る請求には理由がある。
4 本件遺言の有効性(争点(3))について
(1)遺言能力について
ア 亡Bの認識能力について
(ア)動画にある亡Bの状況
a 本件においては、本件遺言作成の約1週間前である平成30年10月17日の亡Bと被告遺言執行者Z1とのやり取りの動画が残っているところ、その概要は、上記認定事実(7)アで認定したとおりである。
そこでは、亡Bは、被告遺言執行者Z1の遺言の自由についての説明に対して、「分かったような分らんようなやね」とは言うものの、一方で、遺産は「個人の所有物」であり、処分が自由である旨を確認するなど、ほぼ的確な理解を示している。また、遺言の自由について、被告遺言執行者Z1を指さして、「あなたの自由でもなく、もう一人の人の自由でもないと」と、その時点で、亡Bの遺言、遺産をめぐって対立があること、すなわち、当時の状況を踏まえるような発言もしている。
さらに、亡Bは、平成16年遺言のコピーをもらっておくべきである旨を伝えており、平成16年遺言の内容を理解しようとする積極的な意思を有していたものと認められるし、そのために自分が必要と考える対応、要望を伝える能力も有していたものと認められる。
その上で、亡Bは、被告遺言執行者Z1から説明資料を見せられて、平成16年遺言の内容の説明を受けた際、平成16年遺言の作成時には、原告X1は他家に嫁いでいたのかを確認し、原告X1が他家に嫁いでいても平成16年遺言の内容は有効なのかを尋ねているところ、この亡Bの発言は、平成16年遺言の内容(平成16年遺言によれば、X1は、別紙物件目録記載15及び16の不動産並びに金融資産の7/100を取得するものとされていた。〔争いのない事実等(2)ア〕)の説明を受け、原告X1が平成16年遺言どおりに遺産を取得することに不満を感じたことによるものと考えることができる(そのような亡Bの抱いた考えの客観的な妥当性は措いて、少なくとも、亡Bとしては、原告X1について、どうして金融資産の配分が多いのかという不満を持ち、原告X1がB家を出ているのにもかかわらず、原告X1に手厚い遺言が有効なのか〔そのようなことが妥当なのか〕と尋ねたと解釈するのが自然である。)。そして、そのような不満を抱いたということは、少なくとも、この日は、亡Bは、説明資料を見せられれば、その内容を理解し、これについて、自分の意思や希望に沿うものなのかを評価することができる能力を有していたことを示しているということができる。
b 本件遺言作成の約1週間前の亡Bの認識能力は、上記aのとおりである。
そして、本件遺言の作成日の状況は、上記認定事実(7)イのとおりであり、亡Bは、公証人からの生年月日や元の職業についての質問に正答した。
また、公正証書の原本に署名する際には、どういった趣旨の書類か(コピーか何かなのか)を確認しており、署名をするということの重要性についての認識を有していたものと認められる上、他に署名が必要な項目があるのかなど、状況を把握しようとする意思も認められる。
なお、亡Bは、被告遺言執行者Z1その他の関係者について「偉い先生を立たせていて、すいません」という発言をしているところ、これは、公証人が座って手続を行っていることとの対比及び一定の時間がかかった本件遺言の作成の間、被告遺言執行者Z1その他の関係者を立たせざるを得なかったことのねぎらいと考えると、その時点の状況に照らして、まったく不適当な発言ともいい難い(上記の署名が必要な項目の確認をも踏まえると、亡Bとしては、相当の時間がかかっており、できる限り、関係者の負担を減らすべきであると考えており、それに沿った発言として理解が可能である。)。また、J医師が医師としての専門を尋ねて、亡Bは、一旦、「医師」と回答しているが、その後、さらに「専門科目だとね産婦人科」と正しく回答をしており、一旦、「医師」と回答していたからといって、亡Bの認識能力や理解力の欠如を示すものとはいい難い。
さらに、公正証書の正本及び謄本の交付並びに被告遺言執行者Z1によるこれらの預かりの場面においては、大事な書類であると公正証書の重要性について認識をしているものと認められる上、被告遺言執行者Z1が、本件遺言を責任をもって実行する旨を述べた際には、微笑みを浮かべており、これは本件遺言が作成されたことや本件遺言が実行される見込みが高いことについての安堵が現れたものとも理解できる。
以上に加え、本件遺言作成の約1週間前の状況を踏まえると、亡Bは、本件遺言作成の日においても、関係者とのやり取りを理解し、意味のある疎通は十分にできたものと認められる。
(イ)亡Bの認知能力等についての医師の意見等
ところで、亡Bについては、長谷川式簡易知能評価等がされており、長谷川式簡易知能評価では1桁の点数が多数回記録されている等しており(上記認定事実(8)ア)、この点では、亡Bの認識能力には相当の問題があったようにも考えられるところであるが、一方で、平成30年9月28日には、長谷川式簡易知能検査で14点という結果もあるところである(上記認定事実(8)ア)。この点、甲第45号証は、亡Bが長谷川式簡易知能検査に慣れてしまった可能性を指摘するが、慣れたとしても、これまでと比較して14点は極端に高い数値であって、慣れのみで説明できるものかは不明というほかなく、亡Bの意思的な要素で1桁の点数になっていた可能性も否定はできないところである。
さらに、M医師及びN医師が、亡Bについて後見相当とする診断、知的能力はほとんどない旨の鑑定をしているが、後見の場合には対象者が生存しており、必要があれば可能な限り後見相当として対象者について法的保護を図る必要があるのに対し、遺言能力については遺言の効力が発生する時点では対象者は死亡しており、対象者の保護を図る必要はない。以上のような状況の違いに照らすと、対象者の保護を図る方向で、上記医師らが亡Bの認識能力を厳しく判断した(言い換えれば、対象者が一貫して対象者自身にとって利益となる的確かつ合理的な判断が十分に可能かどうかという観点から認識能力を判断した)ことも十分に考えられるところであるし、そのこと自体は不当なものともいい難い。一方で、上記のとおり、状況が異なることに照らすと、上記医師らが亡Bの認知能力や理解力について障害が高度であり、後見相当と判断していたとしても、上記(ア)で検討した亡Bの状況を考慮すると、亡Bに遺言能力がなかったと直ちにいうことはできないものというべきである。
イ 本件遺言の内容等
(ア)その上で、さらに、本件遺言の内容を検討すると、その内容は、遺産を取得する者が多数に及び、その内容は極めて複雑であるといわざるを得ないが、上記アで判断した亡Bの認識能力に照らすと、各人に何を取得させるかを分節化して説明されれば、それを理解する能力がなかったとは認められないというべきである。
そして、本件遺言に係る公正証書への署名の際に、亡Bのベッドには、相続人ごとに取得する財産を記載した説明資料が置かれており(上記認定事実(7)イ(エ))、本件遺言が作成されるに当たって、当該資料に沿って、その説明がされたと認められるから、亡Bが本件遺言の内容を理解できていなかったとは認められないというべきである。
(イ)さらに、本件遺言の内容等の合理性についても検討すると、本件遺言は、平成16年遺言を修正する内容であるところ、平成16年遺言が作成された時点からの状況の大きな変化として、Fの死亡(上記認定事実(3)ア)とC産婦人科医院の建物等(別紙物件目録記載1ないし7の不動産)の売却があるが(上記認定事実(5)オ)、本件遺言の内容は、そのような変化に対応し、平成16年遺言とほぼ同様の効果を生じさせるものとして、理解が可能である。また、平成16年遺言と比較して、金融資産について、原告X1の取得率が低下しているが(7/100から4/100。争いのない事実等(2)ア、イ)、これは、上記ア(ア)aで指摘した亡Bの原告X1に対して示した不満と整合する。
加えて、確かに、Fの相続において、亡Bは、G、原告X2、被告Y2、原告X3、原告X1及びEの6名について、各人が均等の割合でFの遺産を取得させることを骨子とする遺産分割協議を成立させているが(認定事実(3)ウ)、上記6名について均等に取得させる内容でなければ遺産分割協議が成立しなかっただけの可能性もあるから、このことから直ちに、亡Bが自分の遺産についても兄弟姉妹に均等に遺産を相続させる意思を持っていたとは認められない。
また、平成26年頃に作成された、亡Bの全資産を、G、原告X2、被告Y2、原告X3、原告X1及びEに均等に相続させる旨の遺言案の存在も(認定事実(4))、結局、この遺言案による遺言は作成されていないのであるから、直ちに、本件遺言作成時の亡Bの意思を示唆するものとはいい難い。
(ウ)以上の検討からすると、本件遺言の内容等が亡Bの真意に沿わないものとは認められないというべきである。
ウ 小括
以上によれば、本件遺言の作成時において、亡Bに遺言能力がなかったとは認められない。
(2)方式違背について
ア 口授等の有無について
上記(1)で判断したとおり、亡Bは本件遺言の内容を理解する認識能力を有していたところ、そのような状況に照らせば、本件遺言に係る公正証書を作成した公証人は、ある遺産を誰に取得させるか、あるいは、誰にどの遺産を取得させるかを確認したものと考えられ、証人Aの証言もこれに沿うところである。特段、口授及び読み聞かせがなかったことを示す証拠はない。
以上によれば、本件遺言に係る公正証書の作成に当たり、口授及び読み聞かせがなかったとは認められない。
イ 証人の立会いについて
仮に、本件遺言に係る公正証書の作成の証人であるI弁護士が本件遺言の作成中にビデオ動画の撮影をしていたとしても、同人は、公正証書の作成の現場には存在しているのであり、作成時の状況を同時に認識しているものといえるから、上記撮影をしているからといって、証人としての適格を失うわけではなく、原告らの主張は採用の限りでない。
(3)小括
以上によれば、本件遺言について無効事由は認められず、本件遺言は有効である。
2 本件公正証書遺言の効力について
(1)本件公正証書遺言の有効性について
ア 上記1(2)アからウまで認定のとおり、A1は、平成27年10月頃にQ1土地贈与登記の存在を認識すると、これを原告X1による無断行為と判断し、会計事務の委任先を原告X1と無関係のT1に変更するとともに、Q1土地贈与登記等に係る対応をJ2弁護士に委任したものであるが、T1でA1の担当となったP1もJ2弁護士も、上記担当となり、又は委任を受けた当初から、A1の意思能力や判断能力について疑問を抱いた様子はうかがえない。また、J2弁護士と、原告X1ないし当時原告X1が委任していた弁護士とのやり取りにおいて、A1に認知症の疑いがある旨の指摘がされたことも一切なかった(上記1(2)ウ)。
その後、上記1(2)エからカまで認定のとおり、A1は、G1病院やH1病院、I1病院に入院中、認知力の低下や見当識障害といった所見が認められ、H1病院入院中の平成28年7月26日に行われたHDS-Rでやや高度の認知症レベルと判定され得る9点、MMSEでも24点以上とされる正常範囲を大きく下回る13点という結果となるなどした。しかし、HDS-Rの結果は、同年8月25日には17点にまで上がり、MMSEも、同日に17点、I1病院転院後の同年9月23日には20点に上昇しているとともに、これらの検査をした上記の3病院においては、いずれも、A1について、上記検査の結果にかかわらず認知症の診断名を付していない。
さらに、上記1(2)キ認定のとおり、A1は、平成28年11月16日に本件介護施設に入所したが、訪問診療担当のN1医師が同年12月7日に作成した主治医意見書に「認知症」の記載はない。同ク認定のとおり、N1医師は、平成29年1月にA1にメマリーを処方しているが、同認定の処方の経緯及び用量を考慮すれば、これをもって、N1医師がA1についてアルツハイマー型認知症と正式に診断したものとは認め難い(下記(2)イ参照)。
そして、上記1(2)ケから(3)エまでのその後の経過をも考慮すれば、本件遺言公正証書が作成された平成29年6月30日当時のA1の判断能力は、おおむね年齢相応のレベルであったと認められるというべきである。
イ 本件遺言公正証書の内容のうち、G2敷地のA1持分とU1敷地のA1所有権ないし持分を被告Y3に遺贈するという部分は、いずれの敷地上にも原告X1が所有又は共有し、現に使用又は管理する建物が存在する点で、将来的な紛争を招きかねないものとなっているといえる。しかし、上記1(2)及び(3)認定のとおり、当時、A1と原告X1とは、Q1土地贈与登記等のために関係が極めて悪化していたといえ、A1が上記内容の遺言をすることも十分にあり得たものと認められる。
また、A1は、多数の不動産を所有又は共有していたが、本件遺言公正証書の内容は、要するに、原告X1が使用又は管理する物件の敷地についてのA1の所有権ないし持分と、盛岡市(以下略)にある駐車場を構成するA1所有地について被告Y3に遺贈するというものであり、特に複雑なものとはいえない。その余の条項も一般的なものといえ、全体として、特に高度の判断能力を必要とする内容とはいえない。
ウ 上記1認定の一連の事実経過に加え、上記ア及びイの事情を総合すれば、本件公正証書遺言に係るA1の遺言能力を否定することはできないとともに、本件遺言公正証書の方式に不備はないと認められるというべきであり、本件公正証書遺言が無効であるとする原告らの主張は、理由がない。
(2)原告らの主張について
ア 原告らは、K1意見書を主たる根拠に、医学的観点からA1の遺言能力は否定される旨主張する。
しかし、K1意見書は、M1医院のN2医師(以下「N2医師」という。)が平成26年12月17日にA1をアルツハイマー型認知症と診断したことを所与の前提として検討を進めるものであるが、N2医師の上記診断の正当性は極めて疑わしい。すなわち、証拠(甲7の1及び2、乙51、52)によれば、N2医師は、平成26年当時、A1に対し、おおむね月に1回、A1が現に風邪症状を呈しているか否かにかかわらず、「気管支炎」という診断名を付して風邪症状を抑える薬剤を処方していたものであるところ、同年12月17日の受診時に、原告X1の「物忘れ」がある旨の訴えを根拠として、HDS-RやMMSEの検査も画像検査も一切行わず、A1を「アルツハイマー型認知症」と診断したものと認められる。そもそも、証拠(乙76~78、94)によれば、A1が同日N2医師の診察を受けたこと自体も疑義があるが、仮にこの点をおくとしても、上記診断の医学的根拠は全く不明であるといわざるを得ない。それにもかかわらず、K1意見書は、上記診断を所与の前提とし、その医学的合理性を一切検討していないのであって、結論ありきの意見と評価すべきものである。また、K1意見書は、本件遺言公正証書作成時のA1の認知症は「軽度」で、「適切な支援があれば理解力や判断力が保たれていた可能性は否定できない」としつつ、特段の根拠なく、「各推定相続人に対する影響にまで十分配慮、判断出来ていた可能性は必ずしも高くなかったものと推定出来る」ともしており(8頁)、この点でも、結論ありきの内容となっているといえる。
なお、K1意見書は、A1の遺言能力についても検討しているが、遺言能力の有無は法的判断事項であり、K1意見書を作成したK1医師の経歴(甲82)等に照らし、その検討内容は採用の限りではない。
したがって、K1意見書を根拠とする原告らの上記主張は、採用することができない。
イ 原告らは、N1医師がA1にメマリーを処方したことを挙げ、A1が認知症であったと主張する。しかし、上記1(2)ク認定のとおり、N1医師は、被告Y2の希望を受け、特段の検査等を行うことなくメマリーを処方し、その後、添付文書記載の用法用量に従わず、1日1回5mgの処方を継続したものである。このような事情を考慮すれば、N1医師が、A1について医学的にアルツハイマー型認知症であると診断してメマリーを処方したものとは認められない。なお、N1医師は、平成29年10月18日作成の主治医意見書の診断名欄に「認知症」と記載しているが(上記1(4)イ)、メマリーを処方している以上、いわゆるレセプト病名として認知症の診断名が付されていることもあり得るといえ、上記記載があるからといって、N1医師がA1を医学的に認知症と診断していたことの裏付けとはいえない。
ウ 原告らは、A1がアルツハイマー型認知症であったことの根拠としてO1意見書も挙げるが、これについては、その合理性を否定するL1意見書の存在や、K1意見書との整合性に疑義があるといえることに照らし、採用することができない。
エ 原告らは、本件遺言公正証書が作成された当時のA1の体調を問題とする。確かに、上記1(3)認定の事実によれば、上記当時、A1の体調は必ずしも万全ではなかったといえるが、本件遺言公正証書を作成するだけの体力や能力が維持されていたことは認められるというべきである。
また、原告らは、本件公正証書遺言の内容が複雑ないし不合理であるとも主張するが、この主張が採用し得ないのは、上記(1)イ説示のとおりである。なお、原告らは、B1公証人が証人としての出廷を意図的に回避したと主張するが、いわゆる新型コロナウイルス感染症の後遺症がある旨の診断書の存在(甲88)や、徒歩20分程度の公園に犬を連れて散歩に出ているものの、帰宅にはタクシーを利用していること(甲89)を考慮すれば、原告らの上記主張は失当というべきである。
その他、原告らは、本件遺言公正証書作成時のA1の遺言能力を否定する事情についてるる主張するが、上記1認定の経緯及び上記(1)の説示に照らし、いずれも採用することができない。
3 本件自筆証書遺言の効力について
(1)被告らは、本件自筆遺言証書は、A1が自らの意思に基づき作成した旨主張し、被告Y2及び被告Y1の陳述書(乙102、103)及び供述には、これに沿う部分がある。
(2)被告Y2の供述によれば、A1は、平成29年10月31日の本件自筆遺言証書作成時、酸素マスクを外し、上体を起こしてどこにも寄りかからず、多少つらそうにしつつも、20分ほどかけて一人で全文を自書し、押印時には被告Y2が手を添えたとする(被告Y2本人調書22~25頁)。
しかし、上記1(4)イ及びウ認定のとおり、A1は、平成29年10月24日の時点で、第3腰椎圧迫骨折の他、呼吸不全、心不全等多臓器不全の状態にあり、酸素マスクにより毎分10リットルの酸素投与を受けてようやくSpO2が90%台半ばを維持する状態であったのであり、同月31日には、更に状態が悪化し、末梢冷感やチアノーゼが認められるほどになっていたものである。このような状態のA1が、被告Y2が供述するような態様で本件自筆遺言証書を作成したとは容易に想定し難い。被告Y2の上記供述には、少なくとも相当程度の誇張が含まれていると考えざるを得ず、これをもって直ちに被告らの上記(1)の主張を認めることはできない。また、本件自筆遺言証書作成に係る被告Y1の陳述書及び供述の内容は、概括的ないし抽象的なものにすぎず、同主張を認めるに足りるものとはいえない。
結局、被告Y2及び被告Y1の陳述書及び供述により被告らの上記(1)の主張を認めるには足りない。
さらに、本件自筆遺言証書の内容を見ても、「土地」の特定はなく、本件公正証書遺言との関係も不明で、合理的な判断能力を有する状態で作成されたとは認め難い。
(3)上記(2)の事情を考慮すれば、本件自筆遺言証書は、A1の意思に基づき作成されたものとは認められず、自筆証書遺言としての効力は認められないとともに、死因贈与契約の締結を裏付ける書面と認めることもできないというべきである。
したがって、本件自筆証書遺言は無効であり、本件自筆遺言証書により被告Y1がA1の財産を取得したとはいえない。
(2)遺言書4及び遺言書5作成時の被相続人の遺言能力の有無について(争点(2)及び(3))
ア 前記認定事実によれば、被相続人は平成21年9月8日にアルツハイマー型認知症の診断を受けているところ、平成20年1月頃には服装等を整えることが困難となり、「もう少し涼しくなるといい」などと話すようになっていたこと、同年6月頃までに金銭をとられた旨の発言をするようになったこと、同年8月20日の医師の診察の際には、長谷川式スケールで8点となり、長男(原告X1)は近くに、二男(被告)は遠くに住んでいると述べたり、存在しない二女について話したりしたことが認められる。
また、前記認定事実によれば、被相続人は、同年5月頃に原告X2と話をした際に、原告X2が、被相続人の遺産は3人で等分に分けるようにとの気持ちを紙に書いておいてもらいたいと述べたのに応じて、その旨を記載した遺言と題する書面を作成しているが、その内容が遺言1及び2と異なるものであるにもかかわらず、これらが顧みられた様子はない。そして、被相続人は、原告らの働きかけに応じて同年7月16日に上記書面の内容とも異なる遺言書4を作成し、同月30日には被告との任意後見等契約を解除する旨の通知書に署名をしたが、その約3週間後である同年8月8日には上記書面とも遺言書4とも異なる内容の遺言書5を作成している。さらに、被相続人は、同年7月25日及び同年8月11日に●に位牌堂を建てることに反対である旨を記載した書面を作成しているが、同月14日にはBの菩提を弔うため位牌堂を作る旨を記載した書面を作成するなどしている。
イ これらの事実に照らすと、被相続人は、平成20年5月頃以降、認知症の影響により記憶力が低下し、前後の行動の整合性や合理性について考えることが難しくなっており、遅くとも同年7月頃以降は、原告らに言われるがままその内容の書面の作成に応じる状態になっていることが推認され、このことは、「記憶障害と共にその場を取り繕う傾向が目立ち、一見理解してものごとの判断ができているようでいて、実際は理解できていないことが多い」との後見開始の審判における鑑定人の説明とも整合する。
ウ 以上によれば、被相続人においては、遺言書4及び5が作成された時点において、それらの意味内容を理解し、過去の遺言を撤回することになるとの認識をもってこれらの作成に臨んだとは考え難い上、相続人である原告ら及び被告との人的関係等の認識も曖昧になっていた可能性がある。
そうすると、遺言書5についてはその内容自体がそれほど複雑なものでないことやその内容が遺言書1及び2と合致していることを踏まえてもなお、被相続人においてその遺言をする能力はなかったと認められる。
また、遺言書4については、証人の立会のもと所定の手続を経て作成された公正証書遺言ではあるものの、その対象不動産の地番についてB名義の不動産と混同したと思われる誤りがあること等からすると、被相続人に対する遺言内容の確認等が十分であったことには疑問があり、前記事情を踏まえると、遺言書4についても被相続人においてその遺言をする能力はなかったと認めるのが相当である。
3 争点(1)(本件遺言書の自書の有無(偽造の有無))について
(1)本件遺言書全体の筆跡と、亡Aの自書であることについては当事者間に争いのない手紙の下書き(丙21の1から21の3まで)並びに前記1で亡Aの自書と認定したG宛てメモ(丙8)及び委任状(丙3)の筆跡とはかなり類似していると認められる。
また、本件遺言書の亡Aの署名部分の筆跡と、亡Aの自署であることについては当事者間に争いのない亡Aの署名(甲3、21、24、29、38、丙21の4・5)の各筆跡もかなり類似していると認められる。また、本件遺言書は、合計12行にわたるものであり、それなりの文字数があるため、第三者が全文字を亡Aの筆跡に似せて記載することは困難であるといえる。さらに、「贈与」の「贈」の誤記と思われる文字、「贈」の右側上部に縦線1本が加わった文字が2字連続で記載され、「キャッシュカード」の「シ」が上から修正して書いたような記載になり、「次女Y2」と記載すべきところが「次女枝Y2」と記載されているところ、キャッシュカード以外の2か所については、第三者が偽造した場合にこのような誤記をするというのは不自然である。
そして、本件遺言書全体として、第三者による記載がうかがわれるような痕跡は見当たらない。
したがって、本件遺言書の全文、日付及び氏名は亡Aの自書であると認められる。
(2)原告の主張について
ア 原告は、他の書面とは異なり本件遺言書の文字の間隔が広い、一文字が続けて書かれていない、訂正印が押されず訂正されていない箇所もあると主張する。
しかし、文字の間隔は、用紙の大きさ、記載する必要のある文字数などによって変わるものであり、亡Aの自書であることについては当事者間に争いのない手紙の下書き(丙21の3)では比較的文字の間隔が広くなっている。
また、一文字が続けて書かれるかどうかは、急ぎであるか、正式な文書であるかなどによっても変わるものであり、本件遺言書が重要な文書であるため丁寧に記載した結果として一文字が続けて書かれていないとも考えられる。
さらに、遺言書の加除その他の変更については民法968条3項があるため、亡Aが同項まで知らなかったとしても、遺言書では訂正が許されないと考えて訂正せずに済ませた可能性もないとはいえない。
イ 原告は、対外的な文書に自書できていないものや片仮名が使用されているものがあり、亡Aは日常的に片仮名を用いていた、アルツハイマー病の早期には漢字の書字障害、低使用頻度文字の失書が生じるのに、本件遺言書で「遺言書」「債券」「贈与」「財産」「預金」等の低使用頻度文字が使用され、委任状(丙3)で漢字が多用されたのは不自然であると主張する。
しかし、原告が自書でないと指摘する令和元年10月16日付け要介護認定・要支援認定の申請書(甲12の1)の申請者はそもそも被告Y1であるから被告Y1が記載したのは当然であり、本件病院の内科問診票(甲13・5枚目)は自書を要求される文書ではなく付添者が書くことも珍しくない上、亡Aの認知症の診断書を取得するとの目的から被告Y1が記載したものと認められる。また、令和2年9月9日付け要介護更新認定・要支援更新認定の申請書等(甲17の1・2)は、本件遺言書の作成日付から約1年半以上経過後に作成された上、新型コロナウイルスの感染拡大で家族との面会ができなくなったために、ケアマネージャーが代筆したものである(甲17の2、弁論の全趣旨)。
原告が片仮名使用であると指摘する本件MMSEにおける「アメガフル」の記載(甲4)については、銀行、行政庁等に提出するような正式な文書ではなく、「何か文章を書いてください。」との設問であったため、日常的に使用している片仮名を使用しただけであるとも考えられる。
亡Aが令和元年9月30日に自書したメモ(甲3、前記認定事実(3))は、C銀行宛ての対外的な文書であるにもかかわらず、片仮名と漢字が使用されているが、原告から依頼されて作成した文書であると推認されるところ、亡Aの本意ではなかったため、せめてもの抵抗として平仮名ではなく片仮名を使用し、文章も整わないものとなった可能性があると考えられる。
また、亡Aは、新制高校を卒業して保育士の資格を取得していたから(前記認定事実(1))、当時の女性としては高度の教育を受けていたと認められるところ、自書であることについて当事者間に争いのない手紙の下書き(丙21の1・2)でも「筍」「餅」「頂戴」「些少」等の比較的難解な漢字を記載していたから、「遺言書」「贈与」「財産」程度の文字であれば記載できたと考えられるし、本件遺言書前の令和元年11月時点でも、預貯金、株式(甲28の1、32、35)、投資信託等の金融資産を所有しており、「債券」「預金」もなじみのある漢字であったと認められるから、亡Aがこのような漢字を記載したことが不自然であるともいえない。
ウ 原告は、被告らが何度も亡Aに代わって署名し、亡Aの字を長年みていたから、被告Y1が亡Aの字を真似して本件遺言書を作成した可能性があると主張する。
しかし、本件遺言書の筆跡は、被告Y1の筆跡(答弁書、甲12の1、甲13・5枚目、30枚目から32枚目まで、39、45、46)と類似しておらず、被告Y1の筆跡であるとは認められない。
エ 原告は、亡Aが原告だけでなく被告らにも遺言を作成することを告げておらず、被告らが本件遺言書を発見したということはできないと主張する。
しかし、原告が亡AのC口座の通帳等を持ち去るなどしたため(前記認定事実(7))、亡Aが、被告らに遺言書の存在を告げた場合に、被告らが誤って原告に遺言書の存在について話し、原告に遺言書を持ち去られたり破棄されたり別の遺言を書くように強要されたりすることをおそれ、本件遺言書の作成について誰にも告げなかった可能性があるから、被告らが遺言書の存在を知らなかったからといって、被告らが本件遺言書を発見しなかったということはできない。
オ よって、原告の主張はいずれも採用することができない。
4 争点(2)(亡Aの遺言能力の有無)について
(1)亡Aは、令和元年11月8日、本件病院で受けた本件MMSEの結果が30点中15点であり、担当医師が認知症(前頭側頭葉変性症+アルツハイマー病の疑い)と診断したことが認められる(前記認定事実(8)、(9))。そして、当時の亡Aには、食事や衛生の管理が十分にできず(甲12の2・2頁)、短期記憶に問題があり、物盗られ妄想もあった(甲12の3)ことが認められるから、中等度の認知症であった可能性があると認められる(甲13・16枚目)。
しかし、担当医師は、経過12年のアルツハイマー病については疎通が取れると記載し(前記認定事実(9))、見守りが必要だが日常の意思決定を行うための認知能力はあり、自分の意思の伝達能力も「いくらか困難」にとどまると判断しており(甲12の3)、認知症に対する治療も行わなかった(甲13、被告Y1本人)。
また、亡Aは、令和元年11月19日及び令和2年1月8日の動画においても、被告らとの会話を大きな問題なく進め、相づちを打つだけではなく折に触れて自分の意見を述べ、直前の話を忘れて同じことを何度も言うような様子もみられないから(前記認定事実(12)、(15)、丙9の1・2、10の1・2)、意思疎通を図ることは十分に可能であったと認められる。また、この頃、署名にとどまらず、文章を書いていたから(前記認定事実(13)、(14)、(16))、自分の意思を書いて表現することも可能であったと認められる。
しかも、本件遺言は、原告に既に現金債券等を贈与したにもかかわらず、原告が亡A名義の通帳等を持ち去り、再三の返還要求に応じないため、全財産を被告らに相続させるという比較的単純な内容である。その上、本件遺言の動機として記載されているとおり、原告が、令和元年10月23日、亡Aの自宅を訪問し、亡Aと被告らの面前で、亡Aの同意を得ずに、C口座の通帳、代理人キャッシュカード及び銀行印を持ち去り、その後の亡A及び被告らの返還要求に応じなかったことが認められるだけでなく(前記認定事実(7)。なお、本件遺言では「実印」とされているが、亡Aも被告らも原告が持ち去ったのが「銀行印」か「実印」かまでは正確に把握できていなかったものと認められる。)、同年11月、亡Aの契約している証券会社各社の担当者を原告の自宅に呼び出し、亡Aに解約手続をさせたこと(前記認定事実(10))もあったため、亡Aが原告の一連の行動を不満に思って本件遺言に至ったことは合理的な行動であるといえるから、本件遺言の内容からも、原告との関係に関する亡Aの認識に誤りがあったとはいえない。
したがって、亡Aには、本件遺言書の作成日付である令和元年12月23日時点において、本件遺言をする能力がなかったとは認められない。
(2)原告の主張について
ア 原告は、亡Aがアパートや駐車場の賃料収入を管理していたとは認められないから、亡Aに事理弁識能力があったとはいえないと主張する。
アパートや駐車場の賃料収入を実質的に管理していたのが、亡Aではなく原告又は被告Y1であったとしても、被告らは、必要に応じて亡Aに相談していたことは認められる上(丙10の1・2)、歩行の不自由等の事情もあったから、亡Aがアパートや駐車場の賃料収入を自ら管理することまではできなかったからといって、本件遺言を作成するに足りる能力までなかったことにはならない。
イ 原告は、亡Aが自ら証券会社各社やC銀行の担当者を呼び出して株式等の売却手続や代理人キャッシュカードの作成手続を行ったにもかかわらず、原告が勝手にやっていると申し向けたり、代理人キャッシュカードが届いた際に「なんのことかわからない」と発言したりしたから、数日前にあった出来事すら認識できておらず、判断能力が低下していたと主張する。
しかし、証券会社各社の株式等の売却手続は原告が主導して行ったものであるから(前記認定事実(10))、亡Aにおいて原告が勝手にやっていると申し向けたことについては事実の認識に誤りはない。また、代理人キャッシュカードの作成手続についても、前記1から3までの認定に照らせば、亡Aの希望によるものではなく、原告が主導して行ったものであると認めるのが相当であり、亡Aが「キャッシュカードに関する依頼書(代理人選任届兼用)」を自書するに当たり(前記認定事実(4))、原告又はC銀行の担当者から代理人キャッシュカードの作成の意味をどこまで説明されたかについても明らかでないから、亡Aにおいて代理人キャッシュカードが届いた際に「なんのことかわからない」と発言したとしても、亡Aが12日前程度の出来事を認識していなかったとは直ちに認められない。
ウ 原告は、亡Aと被告らとの会話(丙9の1・2、10の1・2)において、①郵便貯金通帳を所持していたのに「ひとつもなくなっちゃった」と答えたり、被告Y1の質問に答えずに「J」という全く関係のないことについて話したりしている、②令和2年11月14日に自ら原告にD証券の担当者との同席及び代筆を依頼したのに、被告Y1の「証券会社も全部解約しようとしたんだよ」との発言に対して「ああそう」と回答しており、アルツハイマー病の症状である「取り繕い」の態度がみられると主張する。
上記①については、「ひとつもなくなっちゃった」(丙9の1・2)の対象は、会話の前後に郵便貯金の話題がないため、C口座の過去の通帳を指す可能性の方が高いと認められる。そして、少なくともC口座の過去の通帳1冊(丙6)は、被告らが証拠として提出しており、原告が所持していなかったから(甲47の2)、亡Aの「ひとつも」との発言は正確であるとはいえない。もっとも、原告は、令和2年11月3日に過去の通帳を預かったと陳述して証拠として提出したが(甲19、37、44の1から44の3まで)、前記1から3までの認定に照らせば、亡Aが原告に対して任意に交付したとは認められないから、亡Aの上記発言が大きな誤りであるとまではいえない。
また、「J」(丙10の1・2)については、亡Aが勘違いをして突然持ち出してきた話題であるとうかがわれるが、被告Y1が元の話題に戻したところ、亡Aもそれに応じているから、亡Aの理解力や判断能力に大きな問題があったとは認められない。また、上記②については、上記のとおり、証券会社各社の株式等の売却手続は原告が主導して行ったものであるから、これを肯定する回答をすることには何ら問題がなく、原告の主張する「取り繕い」の態度であるとは認められない。
エ よって、原告の主張はいずれも採用することができない。
2 争点1(被相続人が本件遺言書を自署により作成したか)について
(1)自筆証書遺言の有効性が争点となる訴訟においては、遺言証書の成立要件、すなわち当該遺言証書が民法968条1項の定める方式に則って作成されたものであることを遺言が有効であると主張する側において主張立証する責任があると解するのが相当である(最高裁判所昭和62年10月8日第一小法廷判決・民集41巻7号1471頁参照)。
そこで、以下、本件において、被相続人が本件遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、これに押印したことの立証がされたといえるかにつき検討する。
(2)まず筆跡の点について検討する。
ア 本件遺言書は原稿用紙5枚にわたって手書きで記載されているところ、末尾の署名押印を含め被相続人の氏名(A)が8箇所にわたって記載されている(以下併せて「本件遺言書署名」という。)。そして、本件遺言書は、その筆跡等からして本件遺言書署名を含めた全文が同一人によって記載されたものと認められる。
他方、本件においては、甲号証として提出された金融機関への届出書面等に被相続人が記載したと認められる署名が多数存在する(甲3ないし22、47、48、54、55。以下「本件各署名」という。)。これら本件各署名は昭和34年から平成31年までの間に記載されたものであり、その数は37に上るところ、その作成時期により筆圧や文字の震え等に変化が認められるものの筆跡の特徴は全体として共通しているものと認められる。
イ そこで本件遺言書署名と本件各署名との筆跡を比較検討すると、両筆跡には下記のとおり明確に識別できる程度の相違が認められる。
(ア)「○」の字について
a 本件遺言書署名においては、一画目が強い右上がりの横線であって、二画目に連なる形となり、二画目は右湾曲した書線で左下方へ進み、強い右上がりの横線である三画目へ連なる形となっており、全体として縦長の形状となっている。
b 他方、本件各署名においては概ね、一画目が書き出しに打ち込みのある横線、二画目が打ち込みのある縦線でやや三画目の起点である左下方へ進み、三画目が一画目と平行な形での横線となっており、全体として△の形状となっているほか、各筆が明確には連なる形となっていない。
(イ)「□」の字について
a 本件遺言書署名においては、一画目が強い右上がりの短い横線であって、上部の突き出しがない形で二画目に連なっている。また、五画目は右上から左下へ払う形で終筆が二画目に接する形になっているほか、十画目から十三画目にかけて連なる形で運筆されており、十三画目は横線から縦線にかけて湾曲する形で書き進められ、終筆には明確にハネがある。「□」の字全体で見ると偏と旁が密着しておりやや縦長の形状となっている。
b 他方、本件各署名においては概ね、一画目がやや長めの横線となっており、二画目は書き出しに打ち込みがあって一画目とは連なっていない。また、五画目は左から右下へ進む下反線になっているほか、十画目と十一画目は独立し、十三画目は横筆から縦筆への転折が鍵状(¬)となっており、終筆のハネは明確になされていないものもある。「□」の字全体で見ると偏と旁の間には隙間がありどちらかといえば横長の形状となっている。
(ウ)「△」の字について
a 本件遺言書署名においては、一画目から二、三画目にかけて概ね連なる形で運筆されており、一、二画目は下反の短い横線様に形成されている。また、三画目から八画目にかけても連なる形で運筆されており、同画内における横線はいずれも強い右肩上がりで密着する形で形成されている。「△」の字全体で見るとやや縦長の形状となっている。
b 他方、本件各署名においては、一画目がおおむね独立しており、二画目が右方離れた位置から強いひねりを加える形で書き始められている。また、三画目から八画目にかけてもおおむね独立した運筆がされており、同画内における横線は密着することなく、平行に記載されている。「△」の字全体で見ると概ね縦横の比率は同程度である。
(エ)「×」の字について
a 本件遺言書署名においては、一画日が強い右上がりの短い横線となっており、二画目の長い左払いへ連なっているものも散見される。また、七画目以降十二画目までが連なる形で運筆されており、同画内における横線はいずれも短い形で揃っている。
b 他方、本件各署名においては概ね、一画目が独立した横線となっているほか、二画目には打ち込みが見られ、左払いはそれほど長くない。また、七画目が右下方向への独立した線状に形成されており、八画目から十二画目までも全体として連なっておらず、同画内の横線のうち十二画目(最終筆)が明確に長く記載されているものが多い。
(オ)以上のほか、本件各署名のうち、本件遺言書の作成日付近辺に作成されたもの、具体的には平成31年2月7日付け介護予防サービス・支援計画票(甲22、55の4)、及び平成30年8月28日付けRファンドラップ投資一任契約書(甲54の3)の各署名においては文字に若干の震えが見られるが、本件遺言書の記載においては、本件遺言書署名を含め記載された文字全体に震え等は見られない。
ウ 上記イのとおり、本件各署名と本件遺言書署名との間には明確に識別し得る程度の相違が認められるところ、これらの相違は各一つの署名の間に生じたものではなく、合計37の本件各署名に概ね共通する要素と、本件遺言書に記載された8箇所の署名(氏名の記載)に共通する要素との間に認められるものである。そうすると、上記相違は単に筆記条件が異なったこと等に起因して偶発的に生じたものということはできず、それぞれ筆記傾向が異なる別人が記載したことにより生じた相違であると考えるのが自然かつ合理的である。
原告鑑定書においても、本件各署名の一部(甲16、甲48の2、甲54の3に記載された3つの署名)を対照資料として本件遺言書署名の筆跡につき詳細な異同検証等の分析を行い、本件遺言書署名の筆跡と上記対照資料の筆跡とでは筆跡特徴の不一致点が多く、別人による筆跡の可能性が高い旨結論付けられている。
以上に加え、上記において比較の対象となった記載は署名(氏名の記載)であり、各人が繰り返し記載する中で一定の傾向が生ずる可能性が高い文字群であると考えられること等を併せ考慮すれば、本件各署名と本件遺言書署名の筆跡自体から、単に被相続人の自署であると推認できないというにとどまらず、本件遺言書を被相続人以外の者が作成記載したものであることが強く推認されるというべきである。
エ 以上に対し、被告は、本件遺言書の筆跡は、被相続人が生前被告に対して送付した本件年賀状における筆跡と同一のものである旨主張し、同旨記載された被告鑑定書を提出する。
しかしながら、本件年賀状の筆跡は、その形状からして本件各署名と同一の特徴を有するものとは直ちに認め難い。そして本件年賀状が被相続人により作成記載されたことを示す証拠は被告の供述以外になく、同人の供述を裏付ける的確な証拠も見当たらないことからすると、そもそも本件年賀状の記載が被相続人の筆跡と認めるに足りないから、筆跡対照の資料として不適格というべきである。
なお、被告鑑定書においては原告鑑定書で使用されている対照資料について、複写状況が劣悪で解像度が足りず、字画特徴が明確に確認できる状態ではないため本件における対照資料から除外する旨の記載があるが、原告鑑定書において対照資料とされた署名(甲16、甲48の2、甲54の3)を見ると、少なくとも筆跡の特徴を認識し得る程度には識別可能といえるから、被告鑑定書の上記判断が合理的なものといえるか相当疑問である。
(3)次に押印についてみると、証拠(乙18ないし20)に弁論の全趣旨を併せると、本件遺言書には被相続人の実印が押印されていると認められる。一般に実印は厳重に管理されるものであって、第三者が無断で使用することは考えにくいものといえるから、これが押印された本件遺言書は被相続人の意思に基づいて作成されたことが推認される。
また、本件遺言書には、被相続人の財産が詳細に記載されているほか、原告や被告家族等の被相続人の親族関係も具体的に記載されており、これらは被相続人が最もよく知る情報というべきであるから、本件遺言書が同人の関与の下に作成されたことが推認される。
しかしながら、本件遺言書が、被相続人の意思に基づき、同人の関与の下に作成されたとしても、そのことから直ちに本件遺言書が被相続人の自署により作成されたと推認することはできない。本件遺言書の作成日付前後における被相続人の交流関係や生活状況のほか、本件遺言書の具体的な作成状況は必ずしも判然としないことからすると、遺言書を作成することを考えた被相続人において知人等の第三者に協力を求め、代筆等を依頼した可能性は相当程度具体的に存するというべきである。
特に、被相続人は当時92歳と高齢であり、意思能力や健康状況に特段の支障があったとは認められないものの、前記(2)イ(オ)のとおり本件各署名の一部には若干の震えが見受けられること等をも踏まえれば、400字詰め原稿用紙5枚にわたる内容の遺言書を自筆により作成することはかなりの負担であったことが容易に推認され、第三者に代筆を依頼することは十分に考えられる。また、本件遺言書の記載内容が、相続財産を譲渡する相手方が、相続人であるかそれ以外の第三者であるかに応じて「相続させる」と「遺贈する」とで表現が使い分けられているほか、遺言執行者の指定がされていることなどからも、法的知識を有する者が作成に関与したことが推認される。
以上によれば、本件遺言書に実印が押印されている点や上記の様な記載内容を踏まえても、本件遺言書が被相続人の自署により作成されたことが強く推認されるとはいえない。
(4)ア これに対し、被告は、①本件遺言書には住所の記載について被相続人の有する傾向と同じ誤記が存在することからすれば、同人の自署によるものと推認できる、②(ア)本件遺言書の内容は生前の被相続人と原告及び被告家族との関係性を反映した内容となっているといえることのほか、(イ)本件遺言書の作成状況及び発見状況からすると、被相続人において本件遺言書が作成されたことは明らかであるなどと主張する。
イ まず前記①の点について検討するに、被告の主張する住所の誤記(「△△」を「△□」と記載するもの)は、平成23年に作成された書面(甲7)において見られるにすぎず、これをもって被相続人の有する傾向であるとは認められない。
ウ 次に前記②(ア)の点について検討する。
認定事実(2)ないし(6)によれば、隣県に居住する被告が被相続人の身辺の世話をする等、被相続人と被告家族の関係は良好であったことがうかがわれる一方で、原告と被相続人は特段の交流があったとは認められない。また、証拠(乙2ないし15)によれば、被相続人が、原告の結婚式に参加する意向を有していなかった様子や、原告に対し金銭を貸し付けていた様子がうかがわれ(これに反する原告の供述は合理的なものとは言い難く信用できない。)、付言事項を含む本件遺言書の内容はこのような被相続人と原告及び被告家族の関係性を反映していると解することも可能である。
しかしながら、被告の上記主張を踏まえても、本件遺言書が被相続人の意思に基づき、あるいは同人の関与の下に作成されたことがうかがわれるにすぎないものであり、前記(3)で説示したところによれば、本件遺言書が被相続人の自署により作成されたことが強く推認されるとはいえないというべきである。
エ さらに前記②(イ)の点について検討すると、被告の主張する本件遺言書の作成状況及び発見状況を示す証拠は被告本人の供述のほかになく、これを裏付ける的確な証拠もないことから踏まえると、被告の主張する事実関係(本件遺言書の作成状況及び発見状況)を認めるに足りないというべきである。
なお、仮に被告の主張する本件遺言書の作成状況及び発見状況を前提としても、本件遺言書が被相続人の意思に基づき、あるいは同人の関与の下に作成されたことがうかがわれるにすぎず、本件遺言書が被相続人の自署により作成されたことが強く推認されるとはいえないことは前記ウと同様というべきである。
(5)以上のほか、被告が種々主張するところを勘案しても、本件各署名と本件遺言書署名の筆跡自体による本件遺言書を被相続人以外の者が作成記載した旨の推認を覆すに足りない。
したがって、被相続人が本件遺言書を自署により作成したとは認められない。
2 検討
(1)被告らは、本件遺言書は亡Aが平成24年9月14日に全文を自書して署名押印したものである旨主張し、被告Y1及びFは、これに沿う陳述ないし供述をする(乙9、13、27、証人F【1、4~6頁】、被告Y1本人【5~7頁】)。
(2)ア そこで検討するに、証拠によれば、本件遺言書における署名の筆跡(甲1)は、亡Aが作成した文書等(乙2の各枝番)の筆跡と比較して、文字全体のバランスや、線の長さ及び角度等がよく似ている上、本件遺言書に用いられた本件印章は、実印ではないものの、亡Aがかつて実印として使用していたものであること(乙1)、本件印章は、亡Aの意思に基づく文書と解されるCの関連会社の株式売買約定書等に用いられていること(乙3の各枝番)が認められ、これらの事実は、本件遺言書の作成を亡Aが自ら行ったことを強く推認させるものである。
イ 前記認定事実(2)ウによれば、E弁護士は、本件遺言書の作成日付である平成24年9月14日の直近の時期に、Fに対し、我が国における相続制度や、自筆証書遺言と公正証書遺言の概要等が記載された文書ファイルを送付し、その後、E弁護士及びFは、公証人が出張する方法で公正証書遺言を作成する可能性を模索したり、亡A及び被告Y1の自筆証書遺言による遺言書の案として、第一次的には所有する全財産を互いに相続させ、第二次的にはB家と関係を有する公益財団法人に全財産を遺贈することを内容とする遺言書の案をやり取りしたりしたことが認められるところ、Cの秘書室で部長職を務め、定年退職後も亡Aの秘書を務めていたFが、亡Aに無断でE弁護士と上記やり取りをしたとは考え難い(Fの経歴につき、乙9、弁論の全趣旨)。取り分け、公正証書遺言の作成には公証人と亡Aとの面談が必須となるから、公証人が出張してまで公正証書遺言を作成する可能性が模索されたことは、亡Aに遺言作成の意思があったことを踏まえたものとみるのが自然である。さらに、本件遺言書の内容は、B家と関係を有する公益財団法人に遺贈する旨の記載はなく、その他細かな文言の違いはあるものの、被告Y1に財産を相続させることを内容とする点で、上記メールでやり取りされた遺言書案(乙18、19)の内容と合致する。
加えて、E弁護士がGに対し、亡Aの生前である平成25年12月頃に、亡Aの意向として原告に財産を相続させないこととした旨を伝えているところ(認定事実(2)カ)、弁護士としての職責上、E弁護士が亡Aに無断で同人の意向を伝えるとも考え難く、このことは、亡Aが同人の遺産の相続に関して本件遺言書のとおりの意向を有していたことを示すものである。
ウ 前記認定事実によれば、原告は、亡A及び被告Y1から、結婚を考えていたGとの面会が実現されず、その後亡Aの戸籍から分籍手続をして、本件自宅以外のマンションを賃借して生活するようになったこと(認定事実(2)イ)、本件遺言書の作成日付の後ではあるが、平成25年1月にGを連れて本件自宅等を訪問したが亡Aとの面会がかなわず、本件自宅の出入りに用いていたカードキーの利用もできなくなったこと(認定事実(2)オ)、その半年後にはCの取締役を退任し同社を退職するとともに、同社の関連企業の代表取締役を順次退任していること(認定事実(1)イ)が認められる。以上の事実に加えて、亡Aが原告とGとの間の子と会ったこともないこと(原告本人【16頁】)も併せ考えると、原告からGとの結婚の話が出た頃から、原告と亡Aとの関係が悪化していたものと推認され、このことは、原告に対して財産を相続させない本件遺言書の内容とも矛盾しない。
また、本件遺言書は、被告Y2に対しても財産を相続させない内容になっている。しかし、証拠(甲10、被告Y1本人【26~27頁】)によれば、被告Y2は、大学生の頃から精神的に不安定で、大学卒業後も就職せず、その後現在まで本件自宅に引き籠って生活していたと認められ、被告Y2が多額の財産を取得したとしても、これを適切に管理し得る状況にあるか疑問がある上、亡A又は被告Y1は、被告Y2に対し、亡Aの遺産総額からすれば僅かではあるものの、近年は継続的な金銭の贈与(平成29年から令和3年まで毎年500万円)がされており(乙11の5ないし9)、被告Y1は、今後も被告Y2の生活を支える意思を有していて(被告Y1本人【24~27頁】)、将来にわたり金銭面も含めて被告Y1による援助等が見込まれるのであって、あえて被告Y2に対して財産を相続させない内容の遺言をしたとしても不合理とはいえない。
エ 以上によれば、本件遺言書の署名は亡Aの筆跡と似ており、押印は亡Aの用いていた印章によること(上記ア)、本件遺言書の作成日付前後のFとE弁護士のやり取り等は、亡Aが本件遺言書を作成する意思を有していたことを示すものであること(上記イ)、亡Aが原告及び被告Y2に対して財産を相続させないと判断したことも不合理ではないこと(上記ウ)を指摘でき、これらの事実に照らせば、本件遺言書は、亡Aの意思に基づき作成されたと認めるのが相当である。
(3)ア これに対し、原告は、筆跡アドバイザーマスター作成の考察書(甲5)を提出して、本件遺言書の署名が亡Aの筆跡ではないと主張する。しかし、上記考察書は、筆跡鑑定人による鑑定ではない上、文字の一部の筆致から筆跡の同一性を否定するにとどまるもので、採用し難い。
また、原告は、本件遺言書において、戸籍上の氏でない「A’」の文字が用いられていることを指摘する。しかし、証拠(乙2の各枝番)によれば、亡Aは、公的書類であるパスポート等の文書にも「A’」の氏を用いて署名しており、本件遺言書で戸籍上の氏を用いなかったことが不自然とはいえない。さらに、原告は、本件遺言書の押印が遺言書作成当時の亡Aの実印によるものではないことを指摘するが、実印が用いられなかったのはE弁護士の助言によるものと解され(認定事実(2)ウ)、特段不自然とはいえない。
イ 原告は、本件遺言書が公正証書遺言の方式をとっていないことが不自然であると指摘する。しかし、本件遺言書の内容は単純かつ明瞭なものである上、亡Aにおいて、E弁護士から自筆証書遺言と公正証書遺言の各方式の長所及び短所を伝えられていたこと(認定事実(2)ウ)からすると、亡Aにおいて、親しい者以外には遺言内容を知られない等の利点を重視して自筆証書遺言の方式を選択したとしても何ら不自然ではない。原告は、被告Y1が封緘されない状態の本件遺言書を同人において封緘して本件自宅で保管していたことが不自然であると指摘する。しかし、亡Aが、全財産を相続させることとした被告Y1を信頼して、封緘しない状態での本件遺言書の管理を任せたとしても不自然とはいえない。
その他、原告が本件遺言書の署名押印及び体裁等について指摘する点も、いずれも前記(2)の認定判断を覆すものではない。
ウ 原告は、原告が令和3年までHの取締役であったこと(認定事実(1)ア及びイ)や、Iの株式の大半を取得したこと(認定事実(1)ウ)等を指摘して、亡Aは原告がB家の跡を継ぐことを期待しており、原告と亡Aとは良好な関係にあった旨主張する。
しかしながら、H及びIは、いずれもB家の親族会社にすぎない。むしろ、本件遺言書の作成日付以降、原告がB家を創業者一族とするC及びその関連会社の役員を順次退任するに至っていることは、亡Aにおいて、原告を、B家が代々経営してきたCの経営を承継させる者とは考えなくなったことを示すものである。また、原告と亡Aとは、原告が主に海外で生活していた平成25年から平成30年までの約5年間、一切連絡をせず、面会もしていないこと(甲10)、その後も、亡Aと原告との面会は、平成30年6月から平成31年4月までの間に合計3回にとどまり、いずれも原告がFを介して面会の申込みをしていること(甲10、乙9)からすると、亡Aと原告が面会したことが亡Aと原告との関係が良好であったことを推認させるものともいえない。
エ 原告は、E弁護士とFとのやり取りにおいて、本件遺言書に関して亡Aの関与を示すものがないと主張する。
しかしながら、前記2(2)イで説示したとおり、E弁護士及び亡Aの秘書であるFにおいて、亡Aの生前に、同人に無断で本件遺言書を作成しようとする動機理由は見当たらないし、亡Aの意向に関する記述のあるメールや資料がないからといって、本件遺言書が亡Aの意思に反して作成されたことを推認させるものでもない。
オ 原告は、本件遺言書と同時に、被告Y1が遺言書を作成し、これを本件遺言書の検認期日にそれを破棄したことが不自然であると主張する。
しかしながら、E弁護士は、本件遺言書のみならず、被告Y1の遺言書についても文案を作成しており(乙18、19)、被告Y1が、遺産を亡Aに相続させること等を内容とする遺言書を作成したことが認められることは前記認定事実(3)に記載のとおりであるところ、本件遺言書の検認手続により遺言内容が明らかになった段階で、被告Y1において、亡Aの死亡に伴って相続させる者がいなくなった従前の遺言書を破棄して、新たな遺言書を作成したことが不自然とはいえない。
その他、原告が本件遺言書の成立の真正が否定されるとして種々主張する事情(被告Y1及びFの供述が信用できないことを指摘する事情を含む。)によっても、前記(2)の認定判断を覆すものとはいえない。
(4)以上のとおり、本件遺言書は、亡Aの意思に基づき作成されたと認められ、真正に成立したものと認められる。
2 以上に基づき、前記争点(被相続人が、平成18年遺言(本件公正証書遺言)をした時点で、遺言能力を欠いていたと認められるか否か)について判断する。
(1)遺言時点における遺言能力(意思能力)を欠いていたか否かを検討するに当たっては、①同時点における精神上の障害の有無・程度をまず重視すべきであり、また②遺言内容の複雑さも影響するものであり、さらに、③関連する範囲では、遺言の動機・理由等の事実関係も検討すべきものと解される。
ア まず、被相続人の精神上の障害については、少なくとも平成18年3月の時点で物忘れ外来を受診し、それ以前から認知症治療薬の投薬治療を受けていた経過もうかがわれ(認定事実(1))、そして遺言の直近の受診である平成18年9月の時点においては、物忘れがひどくなっている旨や物を盗られた旨などの妄想と考えられる訴えが見られ、HDS-Rでは16点という結果も見られるなど(認定事実(3))、認知症が一定程度進行していた経過がうかがわれる。
しかし他方で、同時点においても、日常生活に具体的な支障がある旨の指摘までは見当たらないものと解され(同認定事実)、これに先立つ平成18年7月時点の認知症高齢者の日常生活自立度についても、誰かが注意していれば自立できるという程度の判断がされている(認定事実(2))。そうすると、平成18年9月頃の時点で、少なくとも一定程度自立して日常生活を送れる状態にあったものと推認することができ、意思能力を欠いていた状態であったとは考え難い。
そして、遺言の後である平成19年9月の受診時点(認定事実(5))においては、被害妄想や物盗られ妄想が激しくなっている旨の指摘があるなど状態の悪化がうかがわれるが、他方で、悪化のきっかけとして同年8月の転居が挙げられ、またHDS-Rの点数としては15点と大きな変化はない。併せて、平成18年9月の受診から平成19年9月の受診までの間には、被相続人が認知症に関して新たな診療を受けた経過は見当たらず、後者の受診後には状態の改善も見られたものと解される。これらの点からは、平成18年9月の受診時から平成19年9月の受診時までに単調かつ急速な悪化があったとまでは直ちに解し難く、転居の前である遺言時点(平成18年11月)において、意思能力を欠いていた状態にまで至っていたとは考え難い。
なお関連して、被相続人は、遺言に比較的近接した平成18年5月には財産管理等についての委任契約及び任意後見契約を締結し(認定事実(4))、また遺言後の平成20年2月には、訴訟代理人に委任してではあるが、不動産持分の売却を含む和解をしているところ(認定事実(6))、これらの経過において、被相続人の意思能力が問題とされた経過は特段うかがわれない。これらの点も、平成18年遺言前後の時点において、被相続人につき、少なくとも明らかに意思能力を欠いたような状況ではなかったことを示す事情と解される。
イ また、本件公正証書遺言(平成18年遺言)は、その主要な内容としては、平成15年遺言を撤回した上で全部の財産を被告(又はその長男)に相続させるというものである(前提事実(2)イ)。これは比較的単純な内容であって、このような内容を理解し公正証書により遺言を行うことについて、特段の困難があるとは考え難い。
この点と前記アのような精神上の障害の状態を併せれば、遺言の時点において、被相続人が遺言能力(意思能力)を欠いていたとは認め難いと言うべきである。
これらの点に関し、被告意見書は、被相続人は一定の判断力を有しており、遺言を作成することは可能であった旨の意見を述べており(認定事実(8)イ)、この意見が特に不合理と言うべき事情は見当たらない。
ウ また、遺言の動機・理由についても本件の争点の判断に必要な範囲で説示すると、平成17年4月頃の時点において、少なくとも、関連会社の経費となるとは考え難い内容につき領収証が発行されるなどの事態が発覚し、この点について原告が被相続人に対して謝罪した経過は認められる(認定事実(7))。そうすると、実際に不正経理及びそれに基づく関連会社の着服等の事実があったかどうかとは別に(本件の審理・判断において、この点自体を断定する必要があるとは解されない。)、現に領収証等の客観的資料及びそれに関する謝罪という経過が存在する以上、被相続人が平成18年遺言をした動機は理解し得るものであり、少なくとも遺言能力を欠いていたことを示すほどに不合理と言うべき事情は見当たらない。
エ 以上の点に照らせば、被相続人が平成18年遺言の時点で遺言能力を欠いていたとは認められない。
(2)これに対し、原告は前記第2の3のとおり主張する。
しかしながら、以下に説示するとおり、同主張を採用することはできない。
ア 原告は、上記主張に沿うものとして、原告意見書(甲16)を提出する。
しかし同意見書については、①そもそも、被相続人の遺言当時の認知症が中等症以上の重症度である旨を指摘した上ではあるものの、結論として認知症が「判断能力に大きな影響を与えていたことは間違いない。」というのにとどまっている(認定事実(8)ア③)。よって、前記のとおり平成18年遺言の内容が比較的単純であること(前記(1)イ)を踏まえ、遺言能力を欠いていたとまで言えるかどうかについては不明と言うほかない。
また、②同意見書の記載のうち、訪問看護指示書の内容や不正経理に関する部分(認定事実(8)ア②)は、障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)とは別に認知症高齢者の日常生活自立度がⅡaの程度にとどまっている点(認定事実(2))の評価が不明である点や、不正経理がないことを断定した上でそれに基づき検討されていると解される点において、前提となる事実関係や根拠資料の評価及びこれに基づく検討過程において疑問があると言わざるを得ない。
以上から、同意見書は、遺言能力を欠いていたことを認めるに足りるものとは評価できない。
イ 原告は、平成18年遺言をする以前から被相続人の認知症が進行していたとして、①平成16年8月頃にたびたび万引きを繰り返し、その度に自身が呼び出された旨(原告本人2頁)、②平成18年9月、被相続人の兄嫁が死亡し、原告がその旨を被相続人に知らせたところ、そんな人は知らないなどと述べた旨(同8頁)、③家族でハワイ旅行をした際に万引きをした旨(同8、9頁。なお、甲6・1頁に対応する記載がある。)などを供述する。
しかしながら、まず上記①については、仮に実際に万引きを繰り返した事実があれば、認知症の診療との関係でも重大な事実関係として取り上げられるのが当然と思われるところ、前記1の認定事実全体を検討しても、診療経過の中で特に指摘された形跡が見当たらない。被告本人は、被相続人が会計を忘れた商品があったことから一度当該店舗に行ったことがあった程度である旨を供述しており(被告本人14頁)、この供述のほうが客観的証拠と整合して信用性があると解される。また上記②についても、診療経過の中で特に指摘された形跡が見当たらないのは同様であって、原告の上記供述のみによって認知症の進行が裏付けられるとは解し難い。
また、上記③についても、診療録に対応する記載が見られるのは上記のとおりであるが、前記(1)で説示した点を踏まえれば、上記③の点のみをもって被相続人が遺言能力を欠いていたことを示すものとは解し難い。
以上から、原告の供述は、前記(1)の説示を左右するに足りるものではない。
ウ また、原告は、不正経理の事実はないのに被相続人が平成18年遺言をした旨を主張し、原告本人は、この点に関しては被相続人自身の指示に従ったに過ぎない旨を供述する(原告本人3、4頁)。
しかしながら、本件記録を検討しても、被相続人自身が指示をしたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。そして、仮に、被相続人が認知症の影響によって全く根拠のない指摘をしたというのみであれば、亡Cが平成18年遺言と同様の内容及び付言による遺言をしたこと(認定事実(4))は通常合理的に考え難く、原告本人の供述内容を検討しても、この点に関する合理的説明を見出すことはできない。
よって、原告の上記主張及び供述は、前記(1)ウの説示を左右するに足りるものではない。
エ その他、原告の主張を踏まえて本件記録を検討しても、前記(1)の説示に反して被相続人が遺言能力を欠いていたことを認めるに足りる事実、証拠は見当たらない。
(3)以上から、前記争点についての原告の主張を採用することはできない。
2 争点(1)(本件遺言2は無効か)について
(1)原告は、本件遺言2が、全文Aの自筆で作成され、日付、署名、押印があることを特に争っておらず、その上で、いくつかの点を理由として本件遺言2が無効であると主張するので、以下検討する。
(2)まず、原告は、最終的に本件会社が行っていた不動産賃貸事業は、当初は原告に話が持ち込まれ、原告が主導したものであり、本件会社設立後もAが原告と相談しながら不動産の取得等を行ったもので、一連の不動産取引や会社設立には、地域で長年にわたり医院を開設していた原告の信用が大きく、D金庫から融資を受けるに際しては、原告も連帯保証人兼物上保証人となっており、したがって本件会社の運営が立ち行かなくなる場合、原告も影響を受けることとなること、本件会社の取締役には原告及び原告の妻が就任しており、Aは生前に被告をD金庫に紹介したことがなく、被告には不動産経営の才覚もなく、そのことはAも認めていたことからすると、本件会社を被告に委ねることとなる本件遺言2の内容がAの真意に沿うものとは解されないと主張する。
しかしながら、本件会社の不動産賃貸事業は、●区、●区、●区といった、本件自宅兼診療所の周辺地域の2階建てないし6階建てという小規模ないし中規模の賃貸集合住宅の賃貸を行うというものであり、不動産経営の才覚を特に持ち合わせない者が引き継いだ場合であっても、少なくとも短期的には、事業を継続することは自体は不動産管理会社の協力を得るなどすることによって十分に可能であるといえる。また、原告は、本件会社のD金庫からの借入れについて連帯保証人兼物上保証人となっているが、本件会社の所有する賃貸集合住宅も担保に供されていることなどからして、原告が債務返済をしなければならなくなる具体的可能性は高いとはいえない。さらに、Aは、被告に天然石の事業を行わせることを考えており、本件遺言2作成後の事情ではあるがA死亡時に建築中であった賃貸物件の2階に天然石の展示室をもうけようとしていたことからすると、被告が本件会社の賃貸集合住宅に対しなんらの利害関係を有していないというものでもないといえる。本件会社による賃貸集合住宅の経営は、そもそもは原告やAら家族の資産運用の手段として開始されたものであるとうかがわれるところではあるが、Aにおいて、被告を、自らの資産の継承者とすることを考えていたとするならば、本件会社の株式を被告に承継させるような遺言をしたとしても特に不合理であるとはいえない。原告らが本件会社の取締役であった一方、被告はそのような地位にないが、これは本件会社の設立経過に照らして特に不自然なものではなく、このことが本件遺言2の内容が不合理不自然であることをうかがわせるものではなく、また、被告がD金庫に紹介されたことがないことも、Aの急な食道がん発覚から死去まで1年もなかったこと、現に建築中で融資を受けるべき案件が残っており、被告への引継ぎが簡単にできる状態ではなかったとうかがわれることに照らすと、特に不自然であるともいえない。
この点、原告は、本件会社の経営を委ねる者として、被告以外の意中の者がAにはあったようである旨を供述するが(甲18、原告本人)、仮にそのような考えをAが持っていたとしても、本件会社の株式をその者に遺贈することが当然であるとはいえず、例えば、被告が本件会社の株式を取得した上で本件会社の経営面をその者に委ねる、あるいはその援助を得て被告自身が経営をしていくということを考えていた可能性もあるところである。
以上によれば、本件会社を被告が引き継ぐことになるということは、Aの真意として特に不合理であるとは解されず、これがAの真意に沿わないものである旨をいう原告の主張は採用することができない。
(3)原告は、被告が本件遺言1とともに預かったという本件メモには本件遺言2の存在が触れられていないこと、被告は、本件遺言1の検認申立てをした後に、本件遺言2が発見されたとして同月20日に本件遺言2の検認申立てを行ったという経緯や生前のAの言動に照らし、本件遺言2の出現が不可解であるなどと主張する。
しかし、本件メモには、Jのキャリーバック内の封書に遺言状がある旨が記載されているところ、被告は、本件遺言1は封筒に封入された状態で本件メモとともに手渡しで受け取ったのに対し、本件遺言2はAがJのキャリーバックと一緒に原告の診療所兼自宅のAの居室から持ってきたトートバックの中に入っていたものを見つけたというのであるから、本件メモは本件遺言2の存在に言及しているものというべきである。また、被告は、本件遺言1については、令和2年3月30日に原告訴訟代理人であるL弁護士の事務所に持参した後、同年4月2日に検認申立てをしたものであり、そのこと自体は自然な流れであるといえるところ、本件メモの記載を踏まえ、さらに遺言書を探したとするならば、後日、改めて本件遺言2の検認申立てをすること自体は特に不自然ではない。原告の主張は採用することができない。
(4)原告は、かつて法律を学んだことのあるAは、自筆証書遺言は手書きでなければならないことを容易に知り得たのであり、かつ、令和2年1月当時、自筆で遺言書を書くことも可能であったことに照らせば、本件遺言1が無効であると認識しながら作成しているといえるところ、これは、本件遺言2がAの真意と異なることを示そうとしたものとみることができると主張する。
Aが、どの程度法律の勉強をしていたのか、遺言についてどの程度の法的知識を有していたかについてはこれを的確に認めるに足りる証拠はない。しかしながら、本件遺言1及び本件メモは、その記載内容を文字どおり理解するならば、本件遺言2が既に存在することを前提に、Aの令和2年1月11日時点の意思もJのキャリーバック内にある本件遺言2と同様であって、遺産を全て被告に取得させる旨を述べているものであり、むしろ、本件遺言1、本件遺言2及び本件メモを通じてAの意思は一貫しているものと解される。
もし、Aが遺言に関する法的知識を十分にもっていたならば、本件遺言2を撤回するには、遺言の方式に従ってこれをしなければならない(民法1022条)、すなわち遺言の方式を欠く本件遺言1によって本件遺言2を撤回することはできないことを認識していたはずであり、それにもかかわらず本件遺言1(しかもその内容は文字どおり読むならば本件遺言2と同旨のものなのである。)をすることによって、本件遺言2とは異なる意向を示そうとしていたとは考え難い。また、食道がんであるとわかった後、Aは基本的に被告の看病を受けていたものとうかがわれるが、自宅療養時には、数日ごとに行われる静脈ポートの針の差し替え等をC医院において行うため、本件自宅兼診療所を訪れていたのであり、その際に原告と話をしたり、遺言の方式に従って本件遺言2の内容を撤回する遺言あるいは本件遺言2と異なる内容の遺言をしたりする機会はあったはずであるが、そのような言動がされたことをうかがわせる証拠はない。
また、Aに遺言に関する法的知識がなかったとするならば、前記のとおり、本件遺言1及び本件メモは、文字どおり、既にした本件遺言2の内容が現時点でもAの真意であることを示そうとした書面であると読むのが自然であり、そのような書面であるならば、遺言の方式を欠いているからといって本件遺言1を本件遺言2とは異なる内容に解すべき理由はない。
このほかに、本件遺言1を原告が主張するように解すべき事情は何ら見当たらない。そうすると、原告の主張は採用することができない。
(5)原告は、本件遺言2は、その後に作成された本件遺言1と抵触する内容であるため無効であると主張する。
しかし、前記(4)で検討したとおり、そもそも、文字どおり読む限りにおいて、本件遺言2の内容と本件遺言1の内容は同旨であって抵触するものとはいえない。また、本件遺言1は、本文がワープロ打ちされており、自筆証書遺言の方式を欠くから遺言として無効であるところ、遺言としか解することのできない本件遺言1の内容をその他の法律行為として有効なものと解する余地もないから、そもそも、抵触を検討すべき法律行為自体がないといえる。原告は、無効な本件遺言1を作成したことが、その記載内容と異なる意思をAが表明しているものであると主張するが、ここまでの認定判断に照らし、そのような解釈は到底取り得ない。
本件の全証拠によっても、Aが本件遺言1について自筆証書遺言の方式を欠く形で作成した理由は明らかではないけれども、いずれにせよ、原告の主張は採用することができない。
(6)原告は、本件遺言2につき、これに記載されている日付である平成28年6月13日時点では、Aに遺言書を作成する動機がなく、また、Aと被告とは、Aの遺産の全てを被告に遺贈するような関係になかったことからすると、その当時に作成されたとは考えられないと主張する。
確かに、昭和37年○○月生まれであるAは、平成28年6月13日当時、53歳であり、自らの余命を懸念するような状況にあったことを認めるに足りる証拠もないから、必ずしも遺言書を作成するのが当然という状況にあったとはいえない。また、当時、Aと被告は交際していたものの、同居していたとはいえない状況にあったものではある。
他方、Aは、Bの認知症の進行による性格の変化や妄想の現れや、そのことに対する家庭内での対応などで悩んでおり、体調を崩すこともあったことが認められ、自らの今後についても思いを巡らすことがあったとしてもおかしくない状況にあったといえる。また、本件自宅兼診療所の火災がきっかけとなったとはいえ、平成28年12月末頃以降、Aと被告はKの103号室で同居するようになったことからすると、同年6月の時点でも、Aにとって、被告は、約6年にわたり交際をしてきた、きっかけがあれば同居をするような親しい交際相手であり、かつ、Bの状況についてSMSで話題にしたりするなど信頼を置いていたものとうかがわれるから、遺産を包括遺贈することとしても必ずしも不自然ではない関係にあったといえる。
また、本件遺言2が、日付どおり平成28年6月13日に作成されたことをうかがわせる事実として、認定事実(6)のとおり、Aは、同月15日、被告に対し、もし自分が死んだら、部屋の金庫に遺言書が入っているので、弁護士事務所に持って行ってほしい旨をSMSで伝えていることが認められる。この点について、原告は、前記のSMSのやりとり(乙7の1~6)について、その原本の存在及び成立の真正を争っているが、被告が原本の存在及び成立の真正を裏付ける供述をしていること(乙25、被告本人)、Aが被告に対し本件遺言2を作成したことを告げるものといえる前記のSMSのやりとりは、同時期のAと被告のやり取り(認定事実(4))に沿う、自然なものであるといえることに照らし、原本の存在及び成立の真正を認めることができる。
そうすると、本件遺言2は、記載どおり、平成28年6月13日に作成されたものといえ、原告の主張は採用することができない。
(7)原告は、本件遺言2は、Aが原告らに先立って死亡する場合を予定しておらず、意思表示の範囲外である、あるいは錯誤無効であると主張する。
確かに、平成28年6月13日時点で、Aが原告らに先立って死亡することが具体的に見込まれる事情があったとは認められず、Aが、自らが早世し、原告やBが相続人となる事態を想定していなかった可能性はある。
しかし、本件遺言2には、当該遺言が、原告やBの死後にAが死亡した場合に効力を生じる旨の記載はなく、そのような趣旨の遺言として、すなわち、原告のいう、意思表示の範囲外であるとして、あるいは錯誤として解釈することは困難である。また、仮に、Aが、原告やBの死後にAが死亡するという場合の遺言として本件遺言2をしたという事実があるとしても、それはいわゆる動機の錯誤にすぎず、それが表示されるなどして意思表示の要素となっていない限りは錯誤無効となるものではないといえるが、本件遺言2においてそのような動機が表示されているとはいえない。
そもそも、本件において、Aが、自らが原告やBに先立ち死亡する場合には遺産の処理について本件遺言2とは異なる意向を有していたことを具体的にうかがわせる証拠はない。むしろ、前記(4)のとおり、Aには、食道がんであることが判明した令和元年5月以降、本件遺言2を撤回して新たな遺言をする機会はいくらでもあったと思われるにもかかわらず、そのような行動はせず、むしろ本件遺言1を作成し、本件遺言2と同様の意向を示していることからすれば、むしろ、Aの真意は、その死亡時点においても本件遺言2と同様であったことが推認できるものというべきである。
以上によれば、本件遺言2は、Aが原告らに先立って死亡する場合を予定しておらず、意思表示の範囲外である、あるいは錯誤無効であるとする原告の主張は採用することができない。
(8)以上の検討によれば、原告が主張する事情は、いずれも本件遺言2を無効ならしめるものとして採用することができず、そのほか、本件遺言2を無効であると解すべき事情は見当たらない。
よって、本件遺言2は有効であり、原告の主張は採用することができない。
2 判断
(1)遺言を行うに際して必要とされる意思能力(遺言能力)は、自己の法律行為としての遺言の意味及び内容等を弁識するに足りる能力をいうものと解される。上記能力の有無は、遺言者の精神状態に関する医学的見地からの診断や症状所見等を踏まえつつ、遺言内容の難易や合理性、遺言の作成経緯等の諸般の事情を勘案して判断すべきである。
(2)ア 認定事実(2)ア(ア)、(イ)のとおり、遺言者は、平成26年1月8日、アルツハイマー型認知症の疑いにより本件医療センターを受診し、同日に行われたMMSE及び長谷川式認知症スケールの検査結果を踏まえ、アルツハイマー型認知症の疑いと診断され、同年2月10日には、脳血流SPECT検査の結果、大脳皮質の血流分布において両側頭頂葉に明瞭な血流低下域が認められるとして、典型的なアルツハイマー型認知症の低下パターンと考えられると診断された。
そして、認定事実(2)イのとおり、遺言者については、平成25年から平成30年までに4回の介護認定がされているところ、上記各介護認定の際の主治医作成の意見書及び調査の結果によれば、遺言者の認知能力等に関し、以下の事実を指摘することができる。すなわち、同(ア)のとおり、平成25年認定の際にK医師が作成した意見書においては、平成25年10月26日頃を発症年月日として認知症の疑いがあり、空間認知機能の低下があるとされ、短期記憶について「問題あり」と意見が述べられ、その際に行われた調査においても、水を流したまま忘れる、通院の予約を忘れる、探し物等の物忘れが週1回以上あるなどとして「ひどい物忘れ」が「ある」とされている。また、同(イ)のとおり、平成26年認定の際にK医師が作成した意見書においては、長谷川式認知症スケールの検査結果が30点中18点であり、近時記憶障害及び計算能力の低下があるとされ、短期記憶について「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力について「幾らか困難」と意見が述べられ、その際に行われた調査においても、「ひどい物忘れ」が「時々ある」とされている。さらに、認定事実(ウ)、(エ)のとおり、平成30年3月認定及び平成30年6月認定の際に行われた調査においては、直前のことも忘れているなどとして「毎日の日課の理解」及び「短期記憶」が「できない」、自分が癌治療をしたことや前日にデイサービスに行ったことなどを忘れているなどとして「ひどい物忘れ」が「ある」、自らの置き忘れを人のせいにする、盗られたと言い出すなどとして「被害的」なところが「ある」、知らない人が家にいると言い出すなどとして「作話」が「ある」、「今の季節を理解」することが「できない」とされている。これらの事実に照らすと、遺言者については、平成25年から平成30年にかけて短期記憶障害が徐々に進行し、同年頃には、見当識障害も一部みられるようになっているところ、このような症状の経過は、アルツハイマー型認知症の症状の経過と整合するものである。
以上を踏まえると、遺言者については、遅くとも平成26年頃から、アルツハイマー型認知症に罹患していたものと認められる。
イ 他方で、認定事実(1)イ、ウのとおり、遺言者は、少なくとも平成30年3月頃までは、遺言者は、一人で近所のプールに行き、買い物に行くなどしており、徘徊したり外出して自宅に帰ってこれなくなったりするといったこともなく、同年4月又は同年5月頃においても、デイサービスに通い、周囲とコミュニケーションを取りながら、種々のレクレーションを楽しんでいた。加えて、同(2)イ(ウ)、(エ)のとおり、平成30年3月認定及び平成30年6月認定の際に行われた調査では、「意思の伝達」が「ときどきできる」又は「できる」、「生年月日をいう」、「自分の名前を言う」及び「場所の理解」が「できる」、「徘徊」及び「外出して戻れない」が「ない」とされており、平成30年6月認定の際の意見書においても、遺言者の意思の伝達能力について「具体的要求に限られる」とされているにとどまる。さらに、同(2)イのとおり、平成25年認定から平成30年6月認定までの各認定の際に作成された主治医の意見書では、一貫して、認知症の周辺症状並びにその他の精神及び神経症状については、いずれも「無」いとされている。
ウ 以上に鑑みると、遺言者は、遅くとも平成26年頃からアルツハイマー型認知症に罹患し、本件遺言公正証書が作成された時点において、短期記憶障害が進行し、見当識障害も一部みられていたものの、特に場所又は人物に関する見当識障害が顕著に発現していたとまではいえず、意思の伝達についても具体的かつ容易なものであれば行うことができたものであり、その進行の程度は、中程度であったというべきである。
なお、認定事実(2)ウのとおり、遺言者は、平成29年又は平成30年にH病院に入院していた頃、失禁したり、自分がいる場所がわからなくなったりすることがあったものの、H病院の退院後、日常的にこのような状況があったとは認められないこと、H病院診療録によれば、上記の状況については、せん妄によるものであると判断され、せん妄に用いられる薬剤であるリスペリドンが処方されていることに鑑みれば、遺言者の上記の状況は、せん妄によるものと認められるから、アルツハイマー型認知症の進行の程度に関する事情として考慮すべきではない。
エ(ア)以上に対し、認定事実(2)エのとおり、M医師は、令和4年3月24日付け及び同年8月18日付けの意見書において、①遺言者が平成26年1月8日に本件医療センターで受けたMMSEの検査結果は、聴力の低下が影響した可能性が強く疑われ、また、アルツハイマー型認知症と健常者の鑑別において、MRI検査は脳血流SPECT検査より感度及び特異度に優れるところ、遺言者が同年2月10日に受けた頭部MRI検査では、健常者のパターンを呈していたのであって、同月時点でアルツハイマー型認知症を発症していたとはいえないこと、②平成30年3月認定の際にL医師が作成した意見書によれば、遺言者は、短期記憶に問題はなく、日常の意思決定を行うための認知能力は自立しており、意思の伝達能力も保たれていたこと、③平成30年6月認定の際にL医師が作成した意見書によれば、認知機能が低下したように見えるが、認知症により約3か月間でここまで進行したのは非典型的であり、尿管癌や増強する疼痛等を背景にせん妄を呈し、その結果生じた意識障害を認知症とみなしてしまった可能性が疑われることなどを指摘する。そこで、以下これらの点について検討する。
(イ)上記①について、認定事実(2)イ(ア)bによれば、遺言者は、平成25年頃の時点で難聴傾向にあったものと認められるが、遺言者が本件医療センターにおいて受けたMMSEの検査結果をみても、遺言者は多くの問題については質問を聞き取り正答しているのであって、不正解であったものについて、聴力の低下のみを原因とするものとは考え難い(甲57・37頁以下)。
また、同ア(イ)のとおり、遺言者が平成26年2月10日に受けた頭部MRI検査の結果では、脳の局在委縮が特定されなかったものである。しかしながら、M医師の意見を前提としても、アルツハイマー型認知症の感度は85%であるから、アルツハイマー型認知症の患者の15%は両側頭頂葉内側の委縮がみられない上、その頃の遺言者のアルツハイマー型認知症の進行の程度は初期であったことも踏まえると、上記委縮がみられないからといって、直ちに遺言者がアルツハイマー型認知症に罹患していたことが否定されるものではない。また、感度及び特異度に劣るものの、遺言者が同日受けた脳血流SPECT検査においては、両側頭頂葉に明瞭な血流低下域が認められたものである。
以上に鑑みると、M医師の上記①の指摘を踏まえても、前記ウの説示は左右されない。
(ウ)また、上記②について、認定事実(2)イ(ウ)のとおり、平成30年3月認定の際にL医師が作成した意見書においては、短期記憶が「問題なし」、日常の意思決定を行うための認知能力が「自立」と意見が述べられている。しかしながら、同(ア)、(イ)、(エ)のとおり、平成25年認定及び平成26年認定の際にK医師が作成した意見書並びに平成30年6月認定の際にL医師が作成した意見書においては、いずれも、短期記憶が「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力が「いくらか困難」又は「見守りが必要」とされており、これらは、各認定の際に行われた調査結果とも整合するものである一方で、平成30年3月認定の際にL医師が作成した意見書における上記意見は、同認定の際に行われた調査結果と整合するものではない。そうすると、上記意見を重視することは相当ではない。
(エ)さらに、上記③について、平成30年3月認定の際にL医師が作成した意見書における意見を前提とした指摘であるところ、同意見を重視することが相当でないことは前記(ウ)で説示したとおりである。また、認定事実(2)オのとおり、アルツハイマー型認知症は数か月から数年にかけて発症するものであるのに対し、せん妄は数時間から数日にかけて発症するものであるところ、遺言者は、平成25年から平成30年にかけて継続的に記憶障害がみられており、これらの症状の全てがせん妄による意識障害を原因とするものとは考え難い。また、同(2)ア(イ)のとおり、遺言者が平成26年2月10日に受けた脳血流SPECT検査では、大脳皮質の血流分布において両側頭頂葉に明瞭な血流低下域が認められており、アルツハイマー型認知症であることは医学検査の結果によっても裏付けられている。これらに鑑みると、遺言者の認知機能の低下は、上記のとおりH病院に入院していた頃の一部の症状を除き、せん妄によるものということはできず、アルツハイマー型認知症に罹患していたことによるものと認められる。
(オ)以上によれば、M医師による前記(ア)の各指摘を考慮しても、前記ウの説示は左右されない。
オ 他方で、原告は、遺言者は、平成30年3月12日の時点でほとんど判断能力を失っており、要介護認定の調査結果によれば、金銭管理については、「価値が分からず把握も管理もできない。自ら買い物もしない。」という状態であり、本件遺言公正証書の作成の前日には、終末医療が開始されるほど衰弱していた旨主張する。
確かに、認定事実(2)イ(ウ)cのとおり、平成30年3月認定の際に行われた調査において、遺言者の金銭管理について「全介助 価値が分からず把握も管理もできない。自ら買い物もしない。」とされている。しかしながら、アルツハイマー型認知症の進行の程度については、介護認定のために行われた調査の一項目の結果のみではなく、全体的な調査結果、主治医の意見書、当人の生活状況等の諸般の事情も踏まえて判断する必要があるところ、前記ア、イで説示した諸点に加え、認定事実(2)イ(エ)cのとおり、平成30年6月認定の際に行われた調査においては、遺言者の金銭管理について「一部介助 通帳は本人が持っている。本人の了解を得て出し入れを行っている。」とされていることを併せ考えると、上記の事実をもって、前記ウの説示は左右されない。
また、認定事実(1)によれば、遺言者について終末医療が開始されたのは、尿管癌による心身の苦痛を緩和するためであると認められ、アルツハイマー型認知症の進行の程度と直接関係するものではないから、このことをもって、前記ウの説示は左右されない。
(3)ア 次に、本件遺言の内容についてみるに、前提事実(2)イのとおり、本件遺言は、①遺言者の有する一切の財産を被告に相続させること、②万一遺言者の死亡より前又は同時に被告が死亡したときは、被告の法定相続人に各法定相続分に応じて上記財産を遺贈又は相続させることを主たる内容とするものであり、その内容は比較的単純であり、理解するのに高度の事理弁識能力を要するものではない。
イ(ア)そして、遺言者が上記内容の遺言を行うことの合理性について検討するに、認定事実(4)によれば、遺言者は、少なくとも平成25年頃までは、自身の遺産分割において、子である被告、原告及びDの3人を平等に扱う考えであり、同年頃に亡Cの遺産分割協議が原告の反対により決裂した際に原告に対する不満を抱いたことはあったものの、その後も子らとの関係は良好であったといえる。
(イ)しかしながら、認定事実(4)ア、エのとおり、被告は、平成16年頃から亡C及び遺言者と3人で、平成21年9月に亡Cが死亡してからは遺言者と2人で暮らしており、平成25年に遺言者が尿管癌を患ってからも、長年にわたり、献身的に遺言者の身の回りの世話や介護をしており、遺言者の手帳には、このことについての感謝の意が繰り返し綴られており、本件遺言公正証書の作成後まもない時期には、被告に大変お世話になったとして、被告に全ての財産を渡す旨の記載されているのであって、遺言者が、自身の財産の全てを被告に相続させる考えに至ることは自然なものとして理解することができる。
また、同(5)イのとおり、遺言者は、本件遺言公正証書の作成過程において、E弁護士から、遺留分の制度の説明を受けるとともに、自身の財産の全てを被告に相続させる旨の遺言を行ったとしても、原告及びDは概算で2500万円程度の遺留分を有する旨の説明を受けていたものであり、少なくともその限度では、原告又はDに自身の財産が行き渡るものと理解していたと認められる。そうすると、遺言者は、被告に一切の財産を相続させた上で、被告から、原告及びDに対し、一定の財産が配分されることを意図していたとも考えられる。なお、被告は、本人尋問において、遺言者は、亡Cの遺産分割のいざこざが終わってしばらくした後、原告、被告及びDの3人において、3等分というわけにはいかないが、上手く遺産を分け合ってほしいと考えていたと思う旨供述する(被告本人・40、41頁)ところ、このことについても、遺言者が上記の意図を有していたことをいうものとみるのが相当である。
(ウ)他方で、前記アのとおり、本件遺言公正証書には、万一遺言者の死亡より前又は同時に被告が死亡したときは、被告の法定相続人に各法定相続分に応じて遺言者の一切の財産を遺贈又は相続させる旨の定めが含まれる。
ところで、被告は、本件遺言公正証書を作成した当時(現在においても)、結婚しておらず子もいなかったところ、上記定めによれば、万一遺言者の死亡より前又は同時に被告が死亡したとき、遺言者の一切の財産は、①被告に配偶者又は子がいなかった場合には被告の兄弟姉妹である原告又はDに、②被告に配偶者や子がいた場合には同人らに、遺贈又は相続されることとなる。遺言者は、被告のみならず、原告又はDとの関係も良好だったのであり、仮に上記定めについて、自身の相続において、まだ存在しない被告の将来の配偶者や子を原告又はDより優遇する趣旨であったとすれば、やや不自然であることは否めない。
しかしながら、認定事実(5)ウのとおり、そもそも上記定めは、E弁護士がこれまでに作成に関与した遺言者の例を参考に、自身の判断で加えたものである。そして、同エ、オのとおり、E弁護士は、被告に対して本件遺言公正証書の案文の内容について遺言者に確認してもらうことを依頼し、また、本件遺言公正証書作成時においても、A公証人が、遺言者に対して上記定めについても確認したところ、遺言者から特段異論は述べられなかったものであるが、遺言者において、自身の死期が迫っていた中で、遺言者の死亡より前又は当時に被告が死亡するという事態を想定していたとは考え難く、さらにその上で被告が結婚したり子をもうけたりしているという事態を想定していたとは到底考えられない。以上に鑑みれば、遺言者は、そもそも上記定めについて特段の関心を抱いていたとは考えられず、仮に関心を抱いていたとしても、上記①の場合を想定していたとみるのが自然である。そうすると、上記定めが置かれていることをもって、本件公正証書遺言の内容が不自然又は不合理なものであるということはできない。なお、上記定めにおいては、あえて「遺贈又は」相続させるとされており、上記②の場合をも想定したものとされているが、認定事実(5)ウ、エのとおり、「遺贈又は」という文言は、A公証人が法律上適切な表現にする観点から加えたものであるから、このことをもって前記説示は左右されない。
(エ)以上に説示したことに鑑みると、遺言者の当時の状況や意思に照らし、本件遺言公正証書の内容が不自然又は不合理なものとはいえない。
(4)さらに、本件遺言公正証書の作成経緯等についてみても、認定事実(5)アのとおり、本件遺言公正証書は、遺言者自らが希望して作成されたものである。そして、同イのとおり、E弁護士による聴取過程においても、基本的には、遺言者自らが発言し、希望する遺言の内容について説明をしたものであり、遺言者の意思を十分に汲み取ることができるものであったということができる。また、同エのとおり、A公証人による口授等の過程についても、遺言者の遺言能力に疑問を抱かせる事情は存しない。
(5)以上を総合するに、遺言者は、遅くとも平成26年頃からアルツハイマー型認知症に罹患し、本件遺言公正証書が作成された時点において、短期記憶障害が進行し、見当識障害も一部みられていたものの、特に場所又は人物に関する見当識障害が顕著に発現していたとまではいえず、意思の伝達についても具体的かつ容易なものであれば行うことができたものであり、その進行の程度は中程度にとどまっていた。そして、本件遺言公正証書の内容は、比較的単純であり、理解するのに高度の事理弁識能力を要するものではなく、不自然又は不合理なものともいえない。さらに、本件遺言公正証書の作成経緯等についても、遺言者の遺言能力に疑問を抱かせる事情は存しない。
以上に鑑みれば、遺言者が本件遺言公正証書を作成するに当たり、アルツハイマー型認知症に罹患していたことを考慮しても、本遺言件公正証書の意味、内容等を弁識するに足りる能力、すなわち遺言能力を有していなかったとまでは認められない。
2 判断
(1)前記認定の事実を踏まえ、本件公正証書遺言の作成当時、被相続人が遺言内容を理解し遺言の結果を弁識し得る能力、すなわち、遺言能力を有していたかについて検討する。
本件公正証書遺言作成当時において、被相続人にアルツハイマー型認知症の症状が見られたことについては争いがなく、前記1認定の事実によれば、被相続人は、平成24年にJセンターに入院した時点で、既に認知症の症状を発症しており、その程度もMMSEの検査で17点、HDS-Rにおいて12点であった上、MoCA-Jの数値も低下傾向にあったことが認められ、認知症が一定程度進行していたことは疑いないところである。しかしながら、そもそもMoCA-Jが軽度認知機能低下のスクリーニング目的でされているものであるから(甲9参照)、この数値自体で認知症の重症度の判別をするのは相当でないし、上記MMSEやHDS-Rの点数についても、意思能力、遺言能力が欠如していると直ちに認められる点数とはいえないから、その他の事情も考慮して検討する必要がある。
他方、前記1(9)のとおり、要介護認定調査票(甲14)の平成29年4月13日付け主治医意見書によれば、「心身の状態に関する意見」において、被相続人は、短期記憶には問題があるものの、日常の意思決定を行うための認知能力は見守りが必要ではあるが、自分の意思の伝達能力は、いくらか困難だが伝えられる旨記載され、同旨の記載が、要介護認定調査票(甲15)の平成31年4月6日付け主治医意見書にも記入されていたこと、その他、被相続人直筆のメモや年賀状等の筆記の状況(乙1ないし4)、血圧等について被相続人が記録していたノートの記載の状況(乙6)、本件公正証書遺言作成の約1か月前に作成された被相続人のメモの内容、状況(乙7)、平成30年1月から令和元年9月までの間の被相続人の写真や(乙5)、平成26年9月から令和元年1月までの間の動画での様子(乙11)、デイサービスにおける生活状況の記録の内容(乙10)等も勘案すれば、被相続人の認知症の程度が事理弁識能力を欠く程度にまで進行していたとは直ちには認め難い。
そして、本件公正証書遺言の内容を見ると、認定事実(7)(前提事実(3))のとおり、遺産のうち、被告Y2が居住していた建物を被告Y2に、原告及びEの名義となっていた本件定額貯金を原告に、その余の土地(駐車場となっている土地)を被告Y1にそれぞれ相続させるとともに、その差額を代償金で解決するという自然かつ合理的な内容であるといえる。その上、前記1(4)、(5)認定のとおり本件定額貯金の払戻しに原告が応じなかったことに端を発して被相続人が公証役場に相談に赴いて公証人と相談する中で作成をするに至ったと認められることや、同(3)、(6)認定のとおり被相続人がJセンターを退院後、被相続人の介護をめぐり、原告と被告らとの間で対立があり、被相続人が被告らからその旨を伝え聞くなどして、原告が介護から降りたいと言っていることを把握していた可能性があること、本件公正証書遺言作成の直前にも原告が被相続人の介護をする日に介護に行かなかったという出来事があったことに照らせば、被相続人が今後の介護に対する不安を感じていた可能性は否定できない。
そうであるとすれば、上記のとおり、原告に対し、本件公正証書遺言作成のきっかけとなった本件定額貯金の取得をさせる一方で、原告が被相続人の介護を怠った場合の制約をも記載していることは、その作成動機及び上記の事実経過に合致する自然な内容であると評価することができる。
その上、上記のとおり、本件公正証書遺言が、被告らが遺産を独占するような内容になっておらず、基本的には、相続人3名で公平に遺産を相続させるとの発想のもとに作成されているものと認められることをも考慮すれば、本件公正証書遺言作成に当たり、被相続人が他のいずれかからの影響を受けたとは考え難い。
以上の点を踏まえると、被相続人が、本件公正証書遺言作成当時、その遺言の内容を理解し遺言の結果を弁識し得る能力を有していなかったとは認め難いものというべきである。
(2)原告は、H意見書の内容も踏まえ、被相続人には本件公正証書遺言作成当時、遺言能力がなかった旨主張する。しかしながら、H医師が前提とする事実関係は、争いがあるものを含んでおり、正しい事実関係を前提に判断されているかは疑わしい。また、前記1(10)イのとおり、I意見書は、被相続人がJセンターに入院した後のMMSEやHDS-Rの点数等に照らせば、被相続人が被検時に意欲障害を生じていたことが推測されるとしつつも、認知機能低下の重症度はさほどでもなかったことがうかがわれ、とても物の分別のできないような重度の認知症とはいえない等として、被相続人には、平成30年6月28日当時、本件公正証書遺言の内容で遺言を作成する意思を表明する能力を有していたと考えるのが妥当であると結論付けているのであるから、医師の間でも見解が分かれているところであり、医師の意見書をもって直ちに、被相続人の遺言能力の有無を判断することができるものとはいえない。
また、原告は、上記の被相続人による本件公正証書遺言の作成動機に関し、原告が本件定額貯金の払戻しに応じなかったのは、後に郵便局や税務署との間でトラブルになることを避けようとしたからである旨主張する。しかしながら、その主張自体自然な内容でない上、たとえ原告が真にそのような理由から払戻しに応じなかったのであるとしても、原告が、平成29年6月9日に被相続人宅で、「 X1へ X1とKのなまえのBのちょきん おろしてください B」との記載がされた封筒が置かれているのを見たことについては、原告自身も認めているところであるから(原告準備書面(1)6頁)、被相続人の真意を分かりかねていたのであるとしても、少なくとも、被相続人に真意を確認する機会は十分にあったといえる。そうであるにもかかわらず、原告が、被相続人に対してそのような意思確認をした形跡はないことも踏まえると、本件定額貯金の買取りに応じなかった理由に関する原告の主張はにわかに採用し難いものというべきである。
原告は、被相続人の介護の点について、従前特段の事情がないのに拒否したり、懈怠したりした事実はないとも主張するが、前記1(3)に認定したとおり、原告と被告らとのメール(甲63、乙28等)に照らせば、原告が介護から降りる、自分の生活があるのであとは被告ら二人で勝手にやってもらいたいなどと述べていたことは明らかであるから、原告の主張は採用することができない。
さらに、原告は、本件公正証書遺言は、財産の種類に合わせて相続させる者の指定を変え、一部の者に負担をさせ、負担の内容として、不動産の評価方法を固定資産税評価額とするなどの具体的な指定をしており、極めて不自然な内容であるなどと主張する。しかしながら、上記に説示したとおり、これらの内容は、本件公正証書遺言の作成経緯照らせばむしろ合理的であるといえるのであって、本件公正証書遺言が公証人との面談や被相続人に対する意向確認を踏まえて作成されるに至っていることも踏まえると、かえって被相続人の意思に基づくものであることを推認させる事実であると評価するのが相当であるから、原告の主張は採用することができない。原告は、その他、本件公正証書遺言の内容の不合理性についても縷々主張するが、前記認定の本件公正証書遺言の作成動機等に照らせば、いずれも採用し難く、前記判断を左右するに足りるものとはいえない。
(3)以上によれば、本件公正証書遺言をした当時、被相続人に遺言能力がなかったとはいえない。そして、前記1(7)のとおり、公証人は、本件公正証書遺言を作成する当時、遺言者である被相続人の意思を確認して作成したものと認められ、その他民法969条等に定める公正証書遺言の方式を履践したものと認められるから、その方式について欠けるところもない。
したがって、本件公正証書遺言は、有効に成立したものと認められる。
事務所名 | 池田・高井法律事務所 |
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代表者 | 弁護士 高井翔吾 |
住所 | 東京都港区赤坂2-20-5デニス赤坂4階 |
事務所HP |
東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。
2010年弁護士登録(東京弁護士会)。
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